勝間和代さんの最新刊『「有名人になる」ということ』を読みました。

最新刊のうちに、感想を書いておきます。
っていうほど、最近は、次々に出版ということもなくなり、ちょっと落ち着いているので、この人(=私)としても、落ち着いて書けます。
本書は、会社を辞めて独立し、お仲間と設立された会社の事情もあって、「有名人になる」というプロジェクトに取り組まざるを得なくなったという事情が説明されます。ここ数年で起こっていた世界の経済状況が、こんな風に影響を与えていたという事には驚きました。
しかし、なんとか生活していくための経済手段を考えたときに、「有名人になる」という選択肢があったということに、考えてもみなかったなぁとこの人(=私)は思いました。
御自身の有名人プロジェクトを通して経験したこと、さらに、有名人になることによって有名人の友人・知人から教えられたことも踏まえて、「有名人になる」という経験がどんな経験で、かつ、どのような変化をもたらすのかを考察されています。
当然、変化はあるわけですが、その変化は、収入をはじめとする経済面、ソーシャルネットワークなどの人間関係面、さらに、有名人になるからこその心理状態などの内面変化についても考察され、御自身の経験や心理状態については、かなり率直に書いておられます。
一方で、友人・知人などから聞くこともあったかもしれない有名人(芸能人)暴露話のようなものはありませんので、そういうことを期待されているのであれば、本書は適当ではないと思います。
そういう点で、ゴシップ的な内容ではありません。
また、有名人業界はもとより、出版業界についても、いろいろと考えさせられることもありました。ちょっと余談になりますけど、出版業界や書店が経営がきついことについて考察した『だれが本を殺すのか』(佐野眞一著、プレジデント社、2001年)などを思い出したりもしました。

さて、もとに戻って。
一般に、言われてみれば、「なるほど、そうだね」と思うことも、誰かが言語化しない限り、言語化して捉えることはあまりありません。また、言われるまで、「気がつかなかった」と思うことも多くあると思います。
言語化して指摘されてみれば、さも当り前のことのように思えることを言語化してみる、そういう作業は、社会学者などがフィールドワークを通して、あるいは、理論を提出することを通して、これまでも行ってきたことだと思いますが、本書を読んで、社会学的な要素を感じました。
アンチファンの活動については、書評などに悪意を感じる文章が載ったりして、勝間さんが懸命に対処されているのは、この人もブログなどを読んでおり知っていましたが、悪口チャンネルというか、そういった悪意に満ちたサイトなどには、あまり近づかないため、今回初めて知ったこともありました。ひどいことを言う人がいるもんです。
最後のほうに、「鼻の穴」ということについて、言及されていますが、なぜ、そこまで言われなければならないのか、それが不思議でした。
まぁ、この人は、熱狂的な好きや嫌いがほとんどないので、そういう平坦な感情世界に生きていると、熱狂的に好きで好きでたまらないというファン心理もわからなければ、存在そのものが嫌いだ、とかいうのも、なかなか理解することが難しいのです。
そういったやや平べったい感情世界、それがいいかどうかは別として、有名になるということは、自分のことを大好きな人も増やすと同時に、大嫌いな人も増やすんだということが、よくわかりました。
このことを「ただ飯はない」と言い切れれば、有名になることに、ポジティブに果敢に立ち向かって行けるような気もしますが、そっとしておいてほしい、とか、あまりそんなに関心を持ってほしくない、という人には、とても、向いていない世界なんだなということもわかりました。
割と目立ちたがりだったり、自分に関心を持ってもらいたがる人の比率が多いだろう有名人業界でも、勝間さんの考察のように、心身のバランスを崩していく人が多かろうことは、また、そのために、何か超然とした現象や人にすがったりする人が多いことは、よく知られていることです。
反対に言えば、もともとそういう人じゃない人には、厳しい世界だと思いました。有名になりたい人の類型も興味深く拝見しました。
勝間さん御自身の申告によれば、上述に関しては、できればそれほど関心を持たれたくない性格のようなのに、やむにやまれぬ事情があったとはいえ、このプロジェクト、よくここまでがんばってこられたんだなと思いました。
勝間さんとは全く関係ない話題ですけれども、最近話題の「二股疑惑」の方ですが、ネット情報によれば、それまでも、誰にでも(?)すぐに(?)「結婚しよう」と言っちゃう人だったそうですが。
しかし、大手の芸能事務所に所属しているうちは、あそこまでバッシングされることはなかったらしいです。というか、そういう情報を事務所のほうでブロックしていてくれたか、芸能マスコミのほうが大手の事務所であることに配慮して、そういう情報を書きたてなかったのではないか、最近になって、その事務所からは独立したことで、あの一連の報道が出てきたのではないかという記事を読みました。
タレント活動をするのであれば、芸能事務所に所属したほうが、そういう情報管理の点でも得らしいことは、一時すごいバッシングが起こっていた野村さちよさんの例(ひどいバッシングも、大手事務所に所属した途端に止んだとか)でも言えることかもしれませんね。
本書の中では、勝間本の売れ方とか、支持者の類型が示されているのですが、自己判断では、この人は、勝間さんのこと自体を好きかどうかについては、かなり中立です。なぜかと言えば、そういったことをこの人が判断するのに足るほどには、よく知らないからです。
しかし、ご主張やご活動の趣旨には賛成し支持かつ応援したいと思うものも結構あります。さらに、御著書に関しては、内容がよさそうだと思ったら、買ってでも読む、という立場だと思います。
で、アーリーなのか、レイトなのか、ということについては、自分ではよくわかりません。
こういった消費者としての類型、選択理論については興味深かったですし、「終わコン」については初耳で初めて意味を知りました。こういう省略形って、何を略しているのかがよくわからないので、ついていくのが大変です。
もう少し説明があってもよかったのではないかと思うのは、有名人になることによって信用が得られて人間関係が広がっていくというあたりです。おそらく、有名になることにより、自分から相手に近づいていかなくても、相手のほうから傍によって来てくれたり、知られているため、何かの役割に抜擢されたりすることにはなりやすいということはわかります。
しかし、果たして「有名人」だから信用がある、とまで、すぐに言えるのでしょうか。
言えそうな気はします。でも、それがどうしてなのか、もう少し詳しく説明してほしい気もしました。
これまで読んできた中で、初期の『インディで行こう』は、あまり出版数もおそらく多くなく、書店で見かけることもないうちに、図書館で見つけて読んでしまいましたので、買っていません。改訂してタイトルが変わったものについては、Chabo!ブックだったので、買いました。
他にも、なんだかんだで、初期の頃の御著書は結構買っては読んでいて、こう書くと、「カツマ―」なのかと思われるかもしれませんが、自分では、定義を正確に知らない以上、なんとも言えないというところでしょうか。
最近のコメント