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2008年4月20日 (日)

痛みは怒りをごまかすための手段。その2

 TMS治療プログラムは、以下のようなものだ。

 まずは、痛みはよく言われているような骨盤のずれや椎間板の摩耗といった構造的な変化から来るものではないと認識すること。そして、自覚していない「怒り」がないかどうかを考えてみることらしい。

 痛みは心の痛みから気をそらして自覚しないための脳の戦略だというのだが、だからといって、仮病ではなく、本当に患者は身体の痛みに苦しんでいることに注意が必要だ。心の問題から身体の症状を発生するのは、いわゆる「心身症」なのだが、これに対する偏見への配慮もなされている。曰く、ほとんどの現代人は程度の差こそあれ、誰でもいくらかは心身症的な症状を抱えて生きているのであって、重篤な症状を持っている人が心が弱いということではないということだ。

 ガンなど放置しておくと致命的な病気ではないかを十分に調べた上での話だが、この痛みは脳の戦略であると認識することで、重い症状でも一瞬にして治る人もいるらしい。

 現在、「こころの問題」という言い方をするときには、その人に責任があるような論調になりがちであるが、そう決め付けるのではなく、身体にひどい痛みを感じさせてまで気をそらさなくてはならない「怒り」があることを自覚することが痛みからの解放にもつながるのだ。

 ここで言う「怒り」は、一般には、成熟した大人は持ってはならないとされている感情であり、また、対象も親や配偶者や子どもなど、愛すべきものとされている人に対して、深く重大な怒りを持っているなどは、許されないことと自分でも思いやすい。でも、幼少期から現在までを振り返ってみると、解消されていない怒りがどこかに発見されても不思議はないのだ。

 怒りを感じではいけないのではなく、感じていることを自覚していくこと。むずかしいけれども、痛みの原因となる「怒りの本当の理由」を見つめることを、勧めている。

 サーノ博士の患者が、「それなら、体が痛いほうがいい」というほど、場合によっては苦痛を伴うことかもしれない。痛みがTMSから来るものであれば、そのことで死んだりはしないわけなので、身体の痛みか心の痛みのどちらを選択するのかは、本人が決めればいいことかもしれない。

 どちらにしても、まずは、こういう理由で痛みが発生している可能性を知らないことには、選択もできないわけで、腰痛や肩こりなど骨筋肉系の痛みで、深刻な理由もなく長年苦しんでいる人には、一読の価値はあると思う。

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