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2008年9月 4日 (木)

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を読んで。その4の1

ここからのつづき)

論争日本のワーク・ライフ・バランス

 第4セッションでは、男女平等とワーク・ライフ・バラス:統計的差別解消への道筋」と題し、山口一男さんと阿部正浩さんが講演。樋口美雄さんがモデレータを務めておられる。
 
 山口報告は「男女の賃金格差と女性の統計的差別の解消への道筋」と題されているとおり、女性を統計的差別することが企業経営にとって合理的であると考えられてきた(現在も)という労働経済学の従来の知見に対し、合理的でないことを示すこと、合理的でないことがなぜ長きにわたり続いているのかを理論的・実証的に明らかにすること、さらに、不合理の解消を通じた経済活動面での男女共同参画への道筋を示そうというものである。そして、企業がワーク・ライフ・バランスを制度的に取り入れることの役割を解説する。

 本論で述べられる5点の不合理な問題は、以下のようにまとめられる。
1.企業が女性の離職コストを高く見積もりすぎているのではないかという点。
2.一般職女性の生産性が低いことと、それを促進してしまうインセンティブ要因に無自覚な点。
3.逆選択の影響により、優秀な女性の人材を立ち去らせ、生産性の低い女性をとどまらせるなど、生産性の低い男女労働者比率を高めるような性差別による機会コストの大きさに対する認識が希薄である点。
4.日本のコース制による差別的賃金が、離職コストの低減のみに過敏であるのに、離職リスクの低減を講ずる戦略には鈍感である点。
5.日本の企業における人事部・人事課主導に大きな人事権があることが、リスク回避傾向(たとえば、減点主義)が高すぎるために、それに伴う不合理があると考えられる点。

 以上5点の不合理さに関し、「作為の誤り」と「不作為の誤り」という概念を導入して説明を試みている。

「作為」…「意図して積極的にする行動」

「不作為」…「あえて積極的な行動は取らないこと=意図的無行動」

「作為の誤り」…「積極的な行動をすべきでない状況で行動して失敗すること」

「不作為の誤り」は「積極的に行動すべき状況なのにしないこと」

 「減点主義」は、作為の誤りは罰せられ、不作為の誤りは罰せられない報酬原理となるという。減点主義と前例踏襲傾向がリスク回避傾向で説明されることが興味深い。

 本論での5つの議論を踏まえて、「男女の賃金格差解消への道筋」として、重要な4点をまとめている。

1.人事部・人事課による人事決定権を大幅に縮小し部局採用(新規・異動とも)、部局による職能評価、部局昇進・昇級決定へと変えていくこと。
2.企業のWLB施策の拡充+政府によるそれらへの支援。WLBを雇用者の福利厚生という観点ではなく、人材活用の観点から柔軟に働ける職場環境を推進する。
3.現行コース制を法的に禁止し、長期雇用を必ずしも前提としない雇用者に人的資本の自己投資のインセンティブを与え、差別的でない賃金・昇進制度を確立すること。
4.雇用形態の男女の違いによる男女の賃金格差の是正のため、
a)育児離職後の女性の正規の再雇用拡充
b)短時間正規雇用の拡充
c)時間当たり生産性の規準に基づく、均等待遇

 以下、おもしろかった点とその理由。

 男女賃金格差の要因を数値化することで、「賃金格差への貢献度」の34%が「男女の職階差」、18%が「勤続年数差」というように、含まれている要素を取り出すだけでなく、順位付けができている点。

 男女の時間当たりの賃金格差を要素分解したところ。

 一般職女性の生産性の低さの原因を、生産性の低い仕事を与えるだけではなく、インセンティブ問題を生むから、とした点。これは、長年低賃金で働き続けてきた年配女性からたまに聞く発言や姿勢から、現実感をもって理解できることだった。

 企業が短時間正規勤務を好まない理由に、労働生産性を一人当たりで見る傾向があり、これを時間当たりで見るという観点に変えていくことが必要というのは、大変納得がいった。

 不合理と指摘されている点を説明するために、「作為の誤り」「不作為の誤り」という概念を導入して説明するところは、なるほどと思う。前例を踏襲しがちで、新しい試みには腰が重いのはなぜかと思っていたのだが、そういうしくみになっているのなら、(それらの人びとの行為に対し)納得はしないが理解はできる気がする。このようなしくみがあるのであれば、「前例がないのなら、これを前例にすればよい」とか「前例がないことは、しないことの理由にはならない」と主張しても、効果が薄いこともわかった。論理的には、「前例がない」は「新しい試みをしない」ことへの理由にはなっていないのだとしても。
 ただ、この箇所は、これらの語(作為と不作為)を読みながらでも、何度か読み返さないと、私にとっては意味を追いにくい部分だったのだが、これを耳で聞くとよりむずかしいような気がした。あくまで、私にとっては、であるが。山口さんがご自分でもおっしゃっていたように(ここ)、これは勝間和代さんの「失敗の4類型」と対応関係にあるのだが、私にはこちらのほうが「スッとわかる」ものだった。

 大変論理的かつ明確な論旨で、読み終わって「ほおぉ~」(※感心したときに発する音です)と視界が晴れたような気がした。自分自身が現在「論旨を明確にする」必要を感じつつ、なかなかできていないこともあり、余計に「論旨の明快さ」に惹かれるのだと思う。

 以下、ちょっと気になる点。

 報告に内在することではなく、外在的なことなのだが、指摘のあった人事権を人事部から部局ごとに与えるようにすると、セクシュアル・ハラスメントもアメリカ型になることが予想される。そこで、セクハラ防止指針もそれに合わせた形で修正が必要になると思う。

 「統計的差別」は「間接差別」とイコールではないことはわかったが、どういう関係にあるのかは、本報告を読むだけではわからない。このことは、単純に私の無知によるものなので、ちょっと勉強したいと思います。

 本報告内容の趣旨を理解するには、それほど必要ないようにも思うが、数字の算出法がよくわからなかった。計算そのものは単純な割り算や掛け算なのだけど、そういうことではなく、この計算をすることが、なぜ、その結果を使った説明につながるのかは、もう少し考えないとわからない。

 第4セッションは、2つに分割することにしました。つづきは後日(ここ)。

【関連情報】

 「統計的差別」という考え方をここで初めて知った。「直接差別」に対して「間接差別」という概念があるが、言葉を知ってすぐはこれと同じようなものかと思ったのだが違う。本書の第4セッションとそこでの議論よりもずっと専門的に書かれている山口一男さんの論文『日本労働研究雑誌』(2008年5月号)(ここに目次)を読んで、統計的差別についてはだいたいわかった(ような気がする)。が、間接差別との位置関係が依然不明。

愛蔵版 モモ

 プレリュードの中に、たとえ話として出てくる「時間泥棒」は、『モモ』というお話を読んだことのない私には「?」だったので、これも読んでみた。『モモ』(ミヒャエル・エンデ著)は、モモという名前の女の子が出てくる。モモと周囲の人たちとのかかわり方などから、「時間」・友だち・豊かな生活について考えさせられるファンタジーなのではないかと思う。生活・人生・人間関係の豊かさと時間とのかかわりと、「時間泥棒」についていろいろと考えさせられた。

【補完情報】REITIで開催された「男女の賃金格差解消への道筋」の講演録(ここ)とそのときのプレゼンテーション資料(ここ)を見ることができる。

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コメント

えふさん
  第4セッションの私の部分の包括的紹介と議論をありがとう。統計的差別と間接差別の差がわかりにくいという点は、総合職と一般職の区別は間接差別であり、統計的差別でも有るという点で確かにそうですね。違いは実態でなく、理論・理屈だと思います。実際には多様性のある集団を平均で測ってそれを個人に当てはめるという根拠は統計的差別に特有のものです。一方間接差別は、例えば政府が業者の入札について一般公開を建前としながら、今までに政府の仕事の請負の経験のあるものなどと規定することで、政府と密接な既存の請負業者を優遇し、新規参入者に道を閉じる場合のように、既得権の擁護にもよくみられますが、特定の者を間接的に不当に有利あるいは不利にする基準を作ることによる差別です。
  氷室さん。ジブリの「海が聞こえる」しか知りませんが、あれは素敵な作品でした。
  猫の写真もなかなかいいです。
山口

山口一男さん、コメントありがとうございます。

 なるほど、一般職と総合職のように、間接差別にも、統計的差別にもなるものがあることが、私にと
ってのわかりにくさにかかわっているのですね。

 私が間接差別を新聞などで知ったのは、昨年の
均等法改正・施行にかかわる記事によってでした。
その際には、「間接差別」の言葉はよく出てきました
が、「統計的差別」はなかったように思います。

 ということは、「統計的差別」ではあるけれども、「間接差別」とは言えないような場合は、均等法
などで現状で禁じられていないという理解でよい
のでしょうか?

 「間接差別」自体も、かなり限定的な範囲で例示
するということで、法に盛り込まれましたが。

 これまでの私の「間接差別」の理解では、身長
170センチ以上、体重70キロ以上などという条件
をつけると、多くの女性は対象にならなくなって
しまうが、身長や体重がその業務に本当に必要
なものかどうかをきちんと説明できなければ、そうい
った条件の設定はしてはならない、というような
ものでした。

 例示していただいた入札の際の条件などでも、
間接差別が成立するとすれば、現在、たとえば、
入札金額だけではなく、その業者において、
男女共同参画の条件が整っているかどうかも
考慮に入れるという制度を導入することは、場合に
よっては、間接差別だということも可能になるので
しょうか?

 ちょっと追加の疑問点でした。

えふさん
   鋭い質問ですねえ。日本では明確に間接差別を定義していないのですが、アメリカではまず「差別」であるとは、人でいえば性別、人種、出自(親の地位)、年齢、身体障害の有無、身長、のように、本人の努力や行為では変えることのできない条件で機会を不平等にしたり選別することを言います。企業の場合にも、今まで政府請負の実績が全く無いものを排除したら、実績を作ることもできないので差別になります。
  その反対に就業希望者の教育程度や入札希望企業のの男女共同参画の程度は、本人(企業)の努力や行為で変えることのできない属性では全く無いので、その基準で人や企業を選別しても差別にはなりません。つまり業績的なもの何をなしたか)で条件を変えたり選別することは間接であれ直接であれ、差別とはならないのです。以上は原則論で判別の難しいものもあるでしょうが。

山口


山口一男さん、ご丁寧なお返事ありがとうございます。

 本人が後天的に、あるいは、努力によって変更不可能な条件を差別とすることはよくわかります。

 入札制度につける条件にも、差別になる場合と
ならない場合があることもよくわかりました。

8月5日に書いた『官製ワーキングプア』のところに
http://kaerukaeru999qqq.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_5b02.html
も触れましたが、入札制度を(低い)金額だけを条件にしてしまうことで、賃金ダンピングに貢献してしまうことには、疑問を抱き続けています。

 しかし、逆に、これが差別にならないように慎重に
活用されるのであれば、金額だけでなく、男女共同参画度や、WLB度なども入れて考慮するとなると、こういった制度導入&活用の推進力になるかもしれません。

 ご指摘にように、現実的に条件を決定する際には、意図しない差別条件にならないように、十分に気をつけねばならないこともわかりました。

 いただいたコメントで「はっ」としたのは、実績がないことを理由に排除してはならない、という点です。
それを理由にしてしまうと、次回からも実績がないことによって、永遠に排除され続けることになります。

 このことは、入札や就職のような公的な場面だけではなく、私的な状況においても、留意すべき点だと思いました。誰でも最初は経験がないのですから。

えふさん
  「賃金ダンピング」おっしゃるとおりです。私は仕事の質が関係する事柄に、単に価格競争で「勝ち負け」を」決めることは基本的に反対です。特にヒューマンサービス(医療、教育など)に質を無視する価格競争想が持ち込まれたら、サービスの質は確実に低下し、ひどい社会になります。
山口

山口一男さん、コメントありがとうございます。

 「質を無視する価格競争」は、本当に問題だと思います。もうからないことが明らかだからこそ(営利を目的としてはいけないからこそ)、公共セクターに担わせていた機能を、どんどん価格至上主義的な市場に移行してしまうことで、私たちはどこに行こうとしているのか、よくよく考えなくてはならないと思います。

 介護保険の事業者問題で、すでに、私たちはこれを経験してしまっているように、私には思えるのですけども。

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