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散歩の収穫。

  • こういう色もよいですね。
    散歩をしていて見つけた風景や動植物を記録しておくアルバム。不定期だけど、できるだけ更新を目指す。コメント歓迎。

田舎の風景

  • 東京に戻ります。
    2008年9月8日~11日までの、田舎での時間。

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2008年9月の47件の記事

2008年9月30日 (火)

西へ東へ。

 今日は朝から町田市に行った後、八王子市に行き、その後いったん帰宅して、夕方から夜にかけては霞ヶ関に行っていました。少し前に帰宅しました。

 町田市は公立の保育園が無いそうです。そんなところがあるとは、知りませんでした。したがって、保育園を利用しようとすれば私立しかないのに、私学助成を削られそうで、そうなると非常に困るのだ、と署名を集めておられる(たぶん)お母さん方から教えてもらいました。今日も小雨が降り続いて肌寒い中、外で活動しておられました。署名にどの程度効力があるのかわかりませんが、話を聞きつつ署名をしました。

 霞ヶ関はたくさんの路線が走っているため、出口が複雑で、もう何度も行っているのにもかかわらず、いつもよくわからないままです。今日も変なところから地上に出てしまい「?」と思いながら、なんとか目的地に着くことができました。

 往復の電車内では、勝間さんの新刊本を読んでとてもおもしろかったです。1冊は半分くらいまで来たので、明日には読了するでしょう。もう1冊は3分の1くらい、もう1冊はまだうちに来ていません。明日は「読みたい本を読んでもよい日」として数時間を使ってもよいことにしたので、とても楽しみです。

 普段も1日12000歩くらいは歩いているのですが、今日は19000歩を超えました。

2008年9月29日 (月)

タエちゃんは広報部員。

Taechan

タエちゃん、逃げた記事

Tky200809220188

タエちゃん、見つかった記事

 先週だったか、サンシャイン水族館の陸の動物であるコアリクイの「タエ」ちゃんが、普段の居場所から逃げ出したとのニュースが流れた。

 正確には9月19日に逃げだし22日に無事見つかったという。

 タエちゃんは、施錠されていないサッシのガラス戸を自分で開けて外に出ることができることで知られている。今回と同様のことは以前にも一度しているのだった。

 タエちゃんが、なのか、コアリクイ全員が、なのかわからないが、アボガドが好物だという。

 20日の夜から好物のアボガドでおびき出そうとしたにもかかわらず、見つかるまでに2日もかかっている。タエちゃんはお腹が空かなかったのだろうか。

 実はタエちゃんはただのコアリクイではなく、この水族館の広報部員なのだった。広報部長(ガラス戸の施錠をし忘れた人)に言われて、指示通り、ガラス戸を開けて外に出て、しばらく身を隠していたのだった。

部長「タエちゃん、前回と同様に、『コアリクイのタエちゃんが逃げた』ってニュースになるから、そうすると、お客さんがもっと来てくれるようになるからね。そうしたら、大好きなアボガドをもっと買ってあげられるようになるよ」

タエちゃん「部長、どのくらい隠れていればいいの?」

部長「そうだなぁ。3日くらいはできるかな?」

タエちゃん「3日も?お腹が空くよう。」

部長「そうだね。でも、大好きなアボガドを、あとで、いっぱいあげるから」

タエちゃん「わかった。」

 このような経緯で、律儀なタエちゃんは、部長との打ち合わせ通り、3日も飲まず食わずにがんばったのだった。

 タエちゃんのお陰で、コアリクイってなんだろうという疑問や、白いからだに黒いベストを着ているみたいなおもしろい動物だということが世間に広まった。

 お陰で、サンシャイン水族館のお客さんは増えつつあるという。

 私も、まんまと実物を観たくなってきている。

(このことは、部長とタエちゃんとの間で秘密裏に行われてたことなので、これを読んで真相を知った方も、他の人には内密にお願いします)

「痛みは平等に」。

働き方で地域を変える―フィンランド福祉国家の取り組み (地方自治土曜講座ブックレット)

働き方で地域を変える―フィンランド福祉国家の取り組み (地方自治土曜講座ブックレット)』(山田真知子著、2005年4月刊)

 2001年、2004年とPISAの子ども学力をはかる基準で世界一となって以来、フィンランドの学校教育に関する書籍はいくつも出てきているが、フィンランド社会全体を取り上げたものは、まだかなり少ない。

 本書は、200頁余りのブックレットながら、フィンランドが注目されるポイントや日本との共通点を簡潔に述べている。

フィンランドが国際的に傑出している点
1.教育レベルが世界一
1993年の教育分野の地方分権改革。
2.「環境管理評価」は世界一
ウォーター・プロパティ・インデックスという水資源と環境管理の評価で2003年に世界一に。日本とUSAはともに30位。
3.もっとも政官汚職の少ない国
政治・行政が腐敗しておらず透明度が高く、政官の汚職が世界でもっとも少ない国であるとされた(2003年)。トランスパーレンシー・インターナショナル(スイスの調査機関)
4.もっとも経済競争力のある国
世界経済フォーラム(WEF)で2003年に評価。
5.女性科学研究者数・地位がトップクラス

日本との共通点
1.急速に高齢化が進行する社会
2.敗戦後に都市化、工業化
3.福祉分野において民間福祉団体の役割が大きい
4.情報産業国
5.乳児死亡率が世界でもっとも小さい国

 印象に残ったエピソードは、以下のものだ。

 別の若い女性の社会保健大臣は子供ができ、一年の産休をとりました。これも日本だったら、非難されると思いますが、フィンランドでは違うのです。「首相がとったのだから、私だって取る権利がある」「大臣だって取っているのだから、われわれだって取らなければいけない」と市民は考えるわけです。同時に市民が「首相も大臣も、産休や育児休暇をとる権利がある」と考えているということでもあります。そういう意味で、政治家は社会生活の在り方の規範になっているといえましょう。リッポネン首相が産休をとったのは、英国のブレア夫人がちょうど出産された時だったので、「フィンランドの首相はちゃんと出産休暇を取った」と夫人に言われて、ブレア首相も何日か休みを取られたというのは有名な話になっています。(59-60頁)

 「痛みは平等でなければならない」
 例として、スピード違反の罰金が所得に比例することなどを挙げて、「痛みは平等でなければいけないから、パーセントで取るべきだという考え」で、若くて収入のない場合にも免許停止などの罰則はあるため、「法に違反したらそれなりの罰を受けなければならない。そして、痛い思いをしなければ人間はまた同じ過ちを繰り返すだろう。けれども、その痛みの基準は平等でなければいけない」と考えるのだと説明する。

 痛みに耐えて現状を乗り越えることを叫んだ首相は引退を表明したが、それに立ち向かわされた人びとの間で、痛みは平等だったのだろうか。

秋にしっかりと眠ることが重要なわけ。

 一昨日昨日と非常に眠かったのですが、なんとなく理由がわかりました。それは、秋だからです。今日など最高気温は17℃くらいで東京では11月初旬くらいの感じだったようです。浅目の秋から順に深まっていってほしいのですけども。

 2008年9月28日付日経新聞(ここ)を読んでみましょう。秋に十分に眠っておくことの重要性について丁寧に説明しています。

 睡眠時間についても、6時間だと短いそうです。7時間、それが無理なら6時間半は眠るようにしてください。

 秋は「○○の秋」といろいろ言われますが、睡眠も秋にしておくとよいことだとは初めて知りました。これで、前向きに眠気と向き合えそうです(今夜はやることがあるのであんまり早めには眠れないのですけども)。

私は工作員。

 昨日今日と、工作員として働いてきました。

 7つ道具は、PC、カラープリンタ、ハサミ、裁断機、定規、テープ、のりです。

 PCで作った図案をカラープリンタで白い紙に印刷し、それを図案に合わせて裁断機、ハサミ、定規を使って切り取ります。

 図案が結構複雑な形状をしていたので、それをハサミでひたすら切り抜く作業は神経を使います。集中してやっていたため短時間で終わったものの、終了後は肩と首が張ってしまっていました。一気にやるものではないですね。カラープリンタが調子が悪かったため、最初に見積もった日程の通りにはいかなかったのでした。

 ケント紙に印刷したものは裁断機で切り離します。これも、曲がらないように気を遣う作業でした。

 そんなこんなで、一人で工作していました。遊びでやるのは楽しいのですが、限られた時間で締切に間に合わせてそれなりの水準に仕上げるのは、少し消耗します。「工房えふ」での一人作業、終わって担当者に渡すことができてすっきりしました。

 しかし、どういう仕事なんでしょうか。安心してください。自分でもわかっていません(笑)。まぁ、必要なら何でもやりますが。

2008年9月28日 (日)

ラベル作成と片づけの因果関係が問題です。

Photo

 ネームランドという商品名のラベル・メイカーを購入しました。いろいろが片づかないのをラベル・メイカーがないせいにしようとしています。フラット・ファイルなどには背表紙にきれいなラベルをつけるとそれだけでなんとなく片づいてきれいに見れるのではないかと思うのと、ラベル作りに勤しんで書棚などが少しは片づくのではないかともくろんでいます。

 これで、あまり片づけが進まなかった場合、次は何のせいにするかを考えないといけなくなるので、それをしなくても済むためにもしばらく書類の整理や片づけに努力したいと思います。

【追記 2008.10.4】

シンプルに暮らす整理術―毎日をもっと素敵に!

シンプルに暮らす整理術―毎日をもっと素敵に!』(クニエダヤスエ著、2004年6月刊)

 ラベル・ライターを生活のさまざまな場面でどう活かすかについても参考になると思います。著者は本書の表紙にあるような食器棚の整理の仕方や、お亡くなりになったおつれあいが写真家として生み出された膨大なフィルムや作品を生前どのように整理し収納し、誰でもわかるように収納箱にラベルを貼っていたかなどについても、ご自分の仕事で使うさまざまな小物の整理法(アシスタントに取りに行ってもらってもすぐにわかるようになっている)にもラベルを活かしておられました。

 まぁ、その内容で著書をお出しになるくらいですから、片づけや整理の分野において、突出して優れておられるのだと思いつつも、あまりにきちんとしておられて、自分の立ち位置からは山頂の見えない山のような気もし、複雑な気分になる内容です(大袈裟)。

 写真を多用して具体的に教えてくださるので、片づけや整理の大切さが精神的にはわかっていても、具体的にはどうすればよいかを知るにはよい本だと思います。

吠えたくなるほど眠いとき。

 昨夜は、吠えたくなるほど眠かったので、吠えずに寝ました。

 以前から、眠くて泣いている赤ちゃんを見て、「泣かずに眠ればいいのに。そんなに大きな声で泣くと疲れるよ」と思っていたのですが、眠くて泣いてしまう理由がなんとなく実感としてわかりました。たぶん、非常に強い眠気に襲われてすぐに寝てしまえないときには、極めて強い不快感も同時に覚えるのです。赤ちゃんは、人生のキャリアが短すぎて、そういう不快なときの対処法を知らないのですね、まだ。だから、ひとまず、泣くことで不快感に対処しようとしているのではないでしょうか。

 もう少し人間として生活経験を積めば、「大きな声で泣くと、より一層疲れてしまう」ことや、「眠ければ、泣くよりもすぐ眠ってしまったほうがよい」などのことを理解できるようになるのかもしれません。

 昼下がりから相当眠かったものの我慢して、それでも20時頃に就寝しました。今朝は少し早めに目が覚めるかと思いきや、普段の朝出勤の時間帯にもまだ眠かったのでした。日曜朝は、TBSの「時事放談」(6:00~6:45)出演するジジのみなさん(だいたいオーバー・セブンティーが出演資格。瀬戸内寂聴さんを除くと男性のみ)を観るのが楽しみなのですが、誰が出演していたかも定かではありません…。

2008年9月26日 (金)

管理職から短時間勤務を実践するということ。

 今日WLBに関する記事を見つけましたので、ご紹介します。

 2008年9月25日付日経新聞夕刊(ここ)「管理職でも短時間勤務」です。管理職の人が短時間勤務をしているという事例を取り上げています。記事中に紹介されている上司からの「短時間勤務で管理職を続けることが、女性社員の励みにもなる」との励ましなどは、すばらしいですね。こういうことをもっと取り上げて、よい事例はみんなで称えるとよいと思いました。

 山口一男さんと脇坂明さんが識者コメントを寄せておられます。

 野村浩子さんという記者さんの署名記事です。こういうトピックが今後も頻繁に取り上げられるように、「ご意見、情報」を出せる方はぜひ出してください。私も簡単な感想を書いてメールを送りました。

意見や情報の送信先アドレス 日経新聞生活情報部 seikatsu@nex.nikkei.co.jp

人の親切が集中した一日でした。

 今日は、朝から夜まで複数の人に親切にされることが集中した日でした。

 朝職場に行くと、今日半休をとって行こうと思っていたシンポに業務で参加してよいという話を先輩職員が前日のうちに話をつけておいてくださっていました。

 それで、休みをとらずに出席したところ、以前からの知り合いの方数人と会い、そのうちの一人の方と終業後久々にお話し、普段生きてて不思議だと思っていること(世間の常識に関すること)を聞いて教えてもらい、夕食をごちそうになり、さらに非常に有益な情報まで教えてもらい、全体としてエンパワーまでしてもらいました。

 帰宅してメールをチェックすると、しばらく連絡をとっていなかった複数の人からメールが入ってきており、どの人からも親切にしてくれる内容が書いてありました。

 覚えてもらっているだけでもありがたい(というか不思議)のに、さらに、私のためになりそうなことを教えてくれたり申し出てくださったりしています。

 全部が偶然今日なのでしょうけども、不思議な現象でした。世の中には徳の高い人が少なからずいらっしゃるということでしょうか。

 なんだかよくわからないけど、ありがとうございます。

2008年9月25日 (木)

リブを生きてきた人を囲む。

女(リブ)たちの共同体(コレクティブ)―七〇年代ウーマンリブを再読する

 今日は読書会をしてきました。文学作品ではありませんが。読書会というか著者を囲む会かもしれません。著者のおうちにお邪魔し、著者にお話を直接聞くという非常に贅沢な時間を過ごしました。いろいろもてなしてももらいましたし。

 コレクティブとはなんだったのか。「集団的エロス」って何ですか。いろいろ疑問があったのだけど、もっとも気になったのは「なぜ妊娠したら女性たちだけで子どもも自分も引き受けるような生活をすることを選んだのか」という点。妊娠に関与した男性は全く苦労せずに済んで、妊娠した女性は経済的にも子どもの養育・世話にも責任を全部負ってみることは、とっても大変そうなのに、なぜわざわざそんなことしたのかと思う。

 大変だとは思わなかったからではないか。妊娠してコレクティブに来て、産んでみて大変だとわかったのではないか。というのが答え。

 コレクティブは、理念が先行する実験だったのだ。というのがもう一人の見解。

 全共闘のときには、「意識改革をして、革命を成功させる」という目標をもち、意識改革をすることは重要なことだったようだ。自分自身の意識改革をしようと努力し、コレクティブの仲間同士でも相手の意識の低さを指摘しあうという厳しい状況をがんばっていた。

 時代状況的にこういうことを実践したことはなんとなくわかるような気がする。

 そういう歴史的経緯を経て現在に至る女性運動につながっているとすれば、現在でも、自分だけでなく相手の「意識を問う」ような習性の方にときどき会うことになるのも、わからないではない。ただ、意識を変えて社会変革をする、は今は流行らないのですけども。

 信念は大切だとは思う。でも、「互いの意識を厳しく問おう」との合意や信頼関係のない中で、相手の「意識の低さ」を問うようなことは、その時代に生きていなかった場合には、文脈を理解するのがむずかしいと思う。

 マスコミが流布したウーマンリブの過激なイメージを「歴史」として知っている私が、実際に「リブだった」という人に会って話してみるときに受ける印象との大きなギャップが不思議でならない。器量の大きさを感じることはあっても。もちろん、30歳以上も年齢を重ねれば、若い頃に比べてマイルドになるとは思うのだけども。

 「実際にそういうところはあったと思うよ」と言われ、そんなものかと思いました。

 「著者を囲む」、お薦めです。

代謝量、計測2回目。

 心拍数から一日の代謝量を計測する実験、昨日から今朝にかけて2回目を試みました。

 結果は、2340kcalでした。昨日は筋トレに行ったこともあり、1回目に比べて300kcalほど多いです。同じ時間の運動でも、その人の筋肉量や体重によっても、心拍数によっても、運動で消費されるエネルギーには個人差がありますが、カーブスでは1回あたり310kcalが消費されるとされています。だいたい、私の心拍数からも、それくらいの運動効果があることがわかりました。

 ただ、寝ている間には、胸の下あたりに巻いているトランスミッターがずれたりするためか、ときどき心拍数が把握できず、腕に巻いているモニターの表示が止まっていることがあるようです。

 ハートレイトモニターには、身長や体重を設定しているのですが、筋肉量によっても、食事による体熱生産量によっても、代謝量は違ってくると思うので、このモニターで計測できる結果は厳密なものではありません。参考にはなります。

2008年9月24日 (水)

バオと呼ばれていた英語教師の話。

あい・みゆき(藍友紀)の短編集「城ヶ島の雨(梁田貞小伝)他」

 自費出版の本です。ここにも書いたように、入手したいと相談されて、ネットオークションで落札したものです。

 現物は出品者から直接本人に送付してもらいましたが、私も中身を読んでみました。音楽家の梁田貞さんという方の思い出を綴った内容です。著者は音楽教師をしている梁田さんに音楽を習った人です。

 当時子どもだったこともあり、梁田さんがよい曲をいくつも作った音楽家であることを知らずに、同級生たちとからかったりして梁田さんを怒らせたり悲しませたりしたことへの悔恨と、のちになって尊敬の念を深めたことなどが思い出とともに語られています。

 梁田さんは、私たちも知っている「どんぐりころころ」も作曲なさった方だそうです。それから、私は知らないのですが、作詞を北原白秋がした「城ヶ島の雨」という歌の曲も作っておられるようです(これは、現在でもCDなどが入手可能です)。

 本書は、梁田貞という人物を中心にした内容なのですが、私は、梁田さんの人柄を説明するエピソードに出てくる同僚の英語教師の語った内容に感銘を受けたので、以下にご紹介します。

 戦時中で、英語を敵性語として時代に英語教師をしていた同僚の出征が決まったとき、その英語教師が全校集会でのあいさつに

「私は戦争で死んだりするのは厭です。天皇陛下のために戦死するなどということは、犬死にと同じです。そんなことは御免です。きっと生きて帰ってきます。私にとっては、戦争に行くことよりも、英語を教えることのほうがずっと大事なことだと思っています。きっと生きて帰ってきて、もう一度、皆さんと一緒に英語の勉強をします」

と述べられたそうです。

 他にも、授業中のエピソードとして出てくる場面で生徒に向かって語られる話も素敵なので、少し長いですが、以下、引用します。

 「日本人の怖い所は、自分がろくに知りもしない事について、第三者の話だけを鵜呑みにして平気で批判することです。請売りの知識だけで、物事を判断することです。たとえば最近は、自由とか民主々義と聞いただけで、何の知識もない人が臆面もなく”アカ”という烙印を押して蛇蠍のように嫌ったり怖がったりしています。しかし本当に怖いのは、このように何も知らない人たちが、”付和雷同的に物事の是非を判断する”という非科学的な態度じゃないでしょうか?自由主義がまちがっているかどうか、民主主義が誤りかどうか、又マルクス主義はどうなのか、そういうことを判断しようと思ったら、まず一ばん先に、それが何んな考え方なのかを正確に知らなければなりません。他人の話に盲従するのではなく、自分で直かに自由主義者から話を聴き、民主々義者の書いた本を読まなければいけません。それも直接、原文で読むようにして下さい。私はマルクス主義者ではありませんが、それでもマルクスの著作は、ドイツ語の原文で読みました。原文で読んでこそ初めてその人の主張が解り、従って批判をする資格も出来ると思います。翻訳に頼るのは良くありません。翻訳の段階で、翻訳者の主観が入り込むからです。解説本は、ますます駄目です。第三者というものは、人の意見を、みんな自分の都合のいいように捻じ曲げてしまうからです。己を以て人を律する、ということもあります。ですから本は原典で読むべきです。語学を一生懸命勉強して、出来る限り原書で読むことを心懸けてください。特に自分が攻撃しようと思う相手の主張は、必ず原書で読んで下さい。それでなければ本当のことは解りません。従って良いとか悪いとかの批判も出来ないはずです。それを怠って間接的な知識だけで他人を批判するのは、良識のない人のすることです。それは傲慢というものです。不遜というものです。それはファッショに繋がる危険な態度です。しかし残念なことに、日本人の中には、そういう人が多いようです。一片の耳学問だけで知ったか振りとして、恥じらいもなく批判をすることが横行しています。知らないことは知らないと言えば良いのに、日本人は見栄っ張りなのか、知らないとは言わない。自分の無知を顧みずに、他人の意見の請売りで無責任な批判をする。これは恥知らずなことです。それだけでなく、危険なことです。怖しいことです。こんなことでは、ほんの一握りの煽動者のために国民全体が欺されるということさえ、起こりかねません。そうならないためにも、皆さん、しっかり語学を勉強して下さい。えきるだけ多くの語学を身につけて、自分の目で物事を批判できる力を養って下さい。日本の国民みんなを救うためと考えて、勉強して下さい。お願いします」(42-43頁)

フィンランドと『かもめ食堂』誕生の謎。

 ここにも書いたように、『かもめ食堂』は不可思議な映画だ。ストーリーがわからないというよりは、設定がよくわからないというほうが正確なのではないか。最大の謎は、なぜ舞台がフィンランドでなくてはならなかったのか、に尽きると思う。かもめ食堂を切り盛りする女性がなぜフィンランドで日本食のお店を出そうと思ったのかは、最後まで明らかにならない。日本からやってくる二人の女性たちは、一応の理由がある。かもめ食堂を手伝うことになるので、一応は「なぜここで日本食の店をやっているのですか」との疑問は発せられるが、それには「本当の理由」は答えられることなく、その場で思いついたことを言っている。

 「別にフィンランドでなくても、いいのではないか」と思うのは、私だけではないようだ。そこで、監督にインタビューしたものを再度確かめてみた。『シネマ・ジャーナル』(vol.67、2006年春号)によれば、映画の経緯は以下のようなことらしい。

 プロデューサーが「フィンランドで三人の女性が食堂を開く話」という企画を立ち上げ、キャスティングも最初に決まっていて、群ようこさんに原作の執筆をお願いしました。

前半(ここ

後半(ここ

 だから、「フィンランドである必要がわからない」のは当たり前だ。たぶん、日本にあまりなじみがなくてよく知らない国(でも、北方の)なら、たとえば、アイルランドとかアイスランドとかでもよかったのかもしれない。

 『フィンランド 豊かさのメソッド』の著者によれば、フィンランド語は英語ともドイツ語とも違う語族であり、外国人には習得がむずかしいのに加え、高校を卒業したフィンランド人は英語を普通に話すため、フィンランドに暮らす外国人も大学に留学していても英語でなんとかなるといった条件も加わり、外国人でフィンランド語を話せる人は極めて少ないということだ。そこからして、かもめ食堂のオーナー女性がフィンランド語を話しているのもより一層不可解である。

かもめ食堂 (幻冬舎文庫 む 2-12)

 原作(『かもめ食堂』、群ようこ著)を読めばわかるかもしれないと思ったが、今日寄った書店には見当たりませんでしたし、「制作の経緯」から想像するに原作にも書かれていないのではないかという気がする。

 たしかに現実的に「資金はどうしたんだろう?」「言葉はなぜしゃべられるようになったんだろう?」などと考えると疑問は尽きないが、そこら辺は適当に想像すればよいのかもしれない。

 養護施設で育ち日本の大学を卒業後、ふらっと立ち寄ったフィンランドに魅せられてそのまま数年住みついていたところ、遠い親戚に金持ちがいること、その人が莫大な遺産を残して亡くなってしまったため、遺産を受け取るように弁護士から連絡が来る。日本にいる理由があまりなかったこともあり、遺産で店でも開いてみようと思った。遺産はあちこちに分けSRIもしているため、その市場調査のためにもフィンランドに住みついたほうがよいと考えた。かもめ食堂は資産を安全に隠すためと税金対策のために、どんなに人が来なくてもすぐにやめるわけにはいかない。店での利益が出なくても、キャッシュフローで余裕で暮らせるようにはなっている。

 ということにしました。これは、私の設定。

 この映画を観て高い評価をしているのは女性に多いような印象がある。彼女らも設定上の疑問はもつのかもしれないが、たぶん、小林聡美さん演じる女性の凛としたたたずまいや、店に誰も来なくても淡々としている様子などに、憧れを感じるのではないかと思う。あんまり日々にいいことがなくても、きちんと丁寧な生活をしている感じが今の時代に受けのよい部分なのではないかと。

2008年9月23日 (火)

世界をよくする。

『世界をよくする簡単な100の方法 社会貢献ガイドブック』(斎藤槙著、2008.4.18)

 本書はタイトルの通り、一人の「ただの人」が世界をよくするために簡単にできる身近な実践を紹介し、なぜそれをすることが世界をよくすることにつながるのかを説明しているものである。

 オーガニック・コットンの良さは、綿花栽培をしている人が農薬にさらされずに健康被害を受けないでいられる点。フェア・トレード製品を購入して、生産国の人の暮らしに想像を働かせること。社会責任投資(SRI)を実践することが大切なこと。動物実験をしないで商品化されている化粧品を使うこと。これらは以前から知っていたが、具体的なお店の名前や通販でも購入できることなどの最新情報もあり、参考になる。

 この種の書籍では中心となるテーマはエコのことが多いという印象を私は持っている。ここで言うエコには、ゴミ、洗剤、省エネだけでなく、食生活のことも含む。本書でユニークだと思ったのは、第3章を「あの人のために、誰かのために」としていることだ。100のアクションのうち45番目は「ワーク・ライフ・バランスを大切にする」として、赤ちゃんをあやしながらPCに向かい限られた時間のなかで仕事をし、家事もこなす男性の考え方を紹介している。アクション46は「父親も出産・育児休暇を取る」。ファザーリング・ジャパンや中小企業の先端をいくクララオンラインなども紹介している。

 本書に通底するのは、ひとりひとりがちょっとした「善いこと」を実践しつづければ、世の中がよくなっていくという素朴な理想である。映画『ペイ・フォワード』を思い出した。サブタイトルに「社会貢献ガイドブック」とあるように、章を進ごとに、身近なことから大きな社会への働きかけへと段階を踏んでいく構成になっているのかもしれない。

 「日本愛妻家協会」(ここ)という団体があることも初めて知った。サイトを見ると、キャベツ畑で妻への愛を叫ぶ男性たちのイベントが紹介されていた。そういえば、最近ニュースで見たような気がする。「活動理念」の一部に「サスティナブルな夫婦環境を保全するワイフコンシャスなライフスタイル」とあった。ははは。妻を大切にするとまでいかなくても、「妻に害を与えない」→「妻はストレス解消のために無駄な買い物(消費行動)をせずに済む」→「地球環境に負荷をかける行動が減る」となって、世界がよくなるかもしれない。個人的な趣味を言わせてもらえば、私は内容が「愛」でも「平和」でもその他有益などんなことでも、大きな声で言われたり叫ばれたりするのはイヤなので、こういう活動にまい進する男性は苦手です。さらに、愛妻家だったりすると、なお一層困惑してしまうというか。愛妻家協会の会員の妻たちに、率直な感想を聞いてみたい。いや、すばらしい活動です。日比谷公園などでも叫んでおられるようです。うちの傍が会場になりませんように。

 知らなかったことも結構あって勉強になった。

action68として紹介されているところは、感動的だったので、そのまま以下に抜き出しておく。

action68
後悔をバネに行動する
  二〇〇一年、アメリカ大統領を退任したビル・クリントンさんは、次なる人生の目標として「世界の大統領」になることを選んだと言われています。天性の政治家、あくなき野心家でもあるクリントンさんがこう考えたのはごく論理的ななりゆきだと、周囲の人も認めています。
                     
 ピル・クリントン前大統領が慈善活動の母体としているクリントン財団では、二〇〇二年以来、HIV・エイズ問題に取り組むプロジェクトの一環として、世界の大手製薬会社と交渉し、貧しい国の患者が必要とする医薬品の大幅値引きに合意を取りつけてきました。また、二〇〇五年には、教育、保健、貧困などの問題解決を目的とした活動をスタート。さらに翌年には、環境をテーマとした活動も加えました。
 二〇〇五年に『ワシントン・ポスト』紙に掲載された記事によると、その年の最初の五カ月だけで、クリントンさんが訪問した国は二十二カ国。三十人を超える国家元首と面会したそうです。各活動も成果を上げています。例えば、HIV・エイズの活動では、六十六の発展途上国向けに大幅値引きされた医薬品が買えるようになりました。恩恵を受ける患者は七十五万人。また、この活動で小児向けの薬を買いつけるようになってから、治療を受けられる子どもが一万二千人増えたと伝えられます。クリントンさんの休むことを知らないエネルギーと、各国リーダーとのネットワーク、それに並外れた交渉力は大きな武器。こうして、大統領退任後のわずか三、四年で、当初の目標どおり、世界のスポットライトを浴びる存在になりました。
 でも、クリントンさんと言えば、一九九三年に四十六歳の若さで大統領になり、任期の最初の頃に見せた外交面での未熟さが記憶に残ります。それがここまで世界の諸問題に情熱を注ぐにいたった背景には、意外にも「後悔」があると言います。
 一九九三年から一九九四年は、新政権にとって海外の悪いニュースが相次ぎました。ソマリアの平和維持活動は不調、ボスニアの民族紛争は二年に及び、ルワンダでは八十万人が虐殺されました。しかし、クリントン政権は手をこまねいて動かず、批判を浴びました。
 のちに大統領の任を離れてから、ルワンダに対して何も行動しなかったことが大統領としての最大の後悔だと語っています。

 いま、財団では、ルワンダに新しい病院を建てるなど、特にこの国に注意を払ってきましたが、その理由をテレビのインタビューで聞かれたクリントンさんはこう答えました。
                                
「あのとき決断を下さなかったことへの後悔を、残りの人生をかけて償っていきたいのです」
 大統領就任直後の数年問「優柔不断」「煮え切らない」などと批判され、任期の最後の二年間は不倫スキャンダルで「嘘つき」とまで言われた前大統領。ですが、現在の世界貢献への原動力は純粋な思いかもしれません。今、アフリカのクリントン人気は絶大です。
「ルワンダの人たちと話すと、みんながこう言ってくれるんです。『少なくともビル・クリントンは謝ってくれた。謝ってくれた人なんか、ほかにいないのに』と」

 ■クリントン財団(英語のみ) ここ

心拍数から代謝量を計測してみました。

POLAR(ポラール) フィットネス向け ハートレートモニター レッドベリー (レディースサイズ) F4

 このハートレイトモニターは、何かスポーツをするときに胴体にトランスミッターをつけて心拍数を計測するものです。

 自分の1日の代謝量を計測してみたくなり、24時間つけっぱなしにしてみました。もちろん、寝ている時もそのままです。

 結果は、2039キロカロリーでした。

 起きている間は、たとえ座って読書をしていても、70前後です。が、横たわると65くらいになっていき、眠ろうとするとだんだんと心拍数が少なくなっていくようです。朝目が覚めてすぐに確認すると、50くらいでした。おそらく、眠っているときは40~50くらいではないかと思われます。

 心臓がとまることはなくても、睡眠時には心拍数を下げることで休めているのだと思いました。やはり、からだを起こしているよりも、からだを横たえているほうが休まることもわかりました。

 眠る前までに1900キロカロリーくらいまで行っていたのに、眠っている間に消費するエネルギーは非常に節約されているようですね。

 おもしろかったので、また、別のときに試してみたいです。

2008年9月22日 (月)

丸いボールみたい。

 ポメラニアンの子ども(ここ)ですが、なんだかおかしな感じです。基本的には、子犬や子猫よりも大人になった動物のほうが好きですが、このポメはなかなか好感が持てます。観ているだけでおかしいのでお薦めです。おかしさの原因は、耳が見えにくいので、頭がまんまるに見え、全体がボールみたいに見えるからでしょう。

 職場の同僚にも見せたら、ひとしきり笑ったあと、「似てるね」と言われました。

 私も丸いボールみたいなんでしょうか。

いつも明るく前向きになんて、いられません。

鬱の力 (幻冬舎新書 い 5-1)

『鬱の力』(五木寛之、香山リカ)

 本書は作家の五木寛之さんと精神科医の香山リカさんとの対談である。タイトルからも想像できるが、「鬱」を治すべきものと捉える現在の風潮に疑問を投げかけている。

 五木さんは、『人間の関係』でも鬱について少し書いておられたように記憶するが、現在は鬱の時代であり、ちょっとくらい鬱な気分になるのが当たり前と言う。「うつ病」と「鬱な気分」とは分けるべきで、昔なら医療の対象にならなかった人までがうつ病と診断され、本人もそれを望むというような状況の変化について、持論を展開する。何も悩みがなく、ひたすら明るくふるまうことが必要なのか、高齢者になっても趣味をもって明るく生きよと言うが、年々めでたい知らせよりも葬式の知らせが来ることが多くなるなかで、そんな気持ちを保つことが果たして可能なのか、など、私には共感できる部分が多かった。

 対談相手の香山さんは、精神科業界でもうつ病と診断されるのを望んでいる患者の増加や、もっと深刻な統合失調症の患者が少なくなっている変化に言及し、DMS(アメリカ出自の精神疾患の診断基準)によって、症状のみでうつ病と診断できるようになったことが、それ以前の「うつ気分になっても仕方ない経験をした人」と「脳内の問題によりうつ病になっている人」の判別を不要とするようになり、それまでならうつ病と診断しなかった人までを診断することで、うつ病患者数が増えていることなどを、説明している。

 うつ病は自殺につながるということが言われるようになり、自殺対策基本計画では通常の健康診断でもうつではないかのスクリーニングがされるかもしれない、すでにしている自治体もあるとか。教員の免許更新制度でも、メンタルな疾患にかかっていないかをチェックリスト項目に入れることが検討されているとか。

 うつとは無縁の明るいだけの人だけが教員として認められてしまうと、学校に生きるそんなに明るいタイプじゃない子どもはより一層暮らしにくくなっていくのではないだろうか。静かにしていたい子どもとか。

 五木さんによれば、戦後50年が躁の時代で、その後50年は鬱の時代になるだろうという。ときどきは、鬱な気分になって、すぐに薬を飲んだりしないで、なぜこんな気分になるのかを考えたり自分を見つめて暗い気分になったりすることも、したほうがよいのではないかと、私は思う。やだけど。 

 医療を必要とするうつ病と、気分的に鬱だという状態をどう分けるかもむずかしいが、五木さんの言う鬱の力は後者のほうである。それを取り違えると危険かもしれないし、医療にかかればかなり楽になる状態の人に「気のもちようだよ」と言いたいわけでもないと思う。

2008年9月20日 (土)

バナナスタンド、とうとう買いました。

 スタンド自体がバナナの形になっています。おもしろいデザインなので、これに決めました。

ジェイン・オースティンの作品を通して、カップル関係を問い直し、実生活によい影響を実現させる。

ジェイン・オースティンの読書会 コレクターズ・エディション

『ジェイン・オースティンの読書会』

 ジェイン・オースティンの作品を月に1回それぞれの家に集まって批評しあう読書会。4人の女性は以前からの関係があるが、女性1人と男性1人はこのために知り合った。

 参加者はみんな何かしら、親しい人との間で問題を抱えており、それに悩み葛藤している。

 ジェイン・オースティンの作品を批評しあう中で、自分自身の気持ちを見つめ、求めていることは何かを知ることにつなげている。

 本当に大切なのは、若い男の子との新しい関係なのか、冷えてしまった夫との関係なのか。犬なのか、人間の男性なのか。新しい女性なのか、古い妻なのか。

 ジェイン・オースティンの6作品を知っていれば、背景や論じている登場人物について、もっとずっとよくわかった上で、観ることができるのにと思う。

 友だちの家にたまっていた頃が懐かしい。

『男の育児・女の育児―家族社会学からのアプローチ』

男の育児・女の育児―家族社会学からのアプローチ

 本書は、育児の担い手やその方法について問題意識をもち研究してきた研究者たちによる共著である。部分的には、別のところ(ここ)でも少し書いているが、日本の男性が家事・育児をしない(できない)理由として、3つの仮説をだしているのが興味深い。

 他のところで印象の残ったところを記す。子を持つ男性に「家事」と「育児」について聞いた第5章(「母親は父親にどのような「育児」を期待しているか?」)では、「育児参加」を「世話」「しつけ」「遊ぶ」の3つの要素に分け、それぞれをどのくらいやっているか(実態)とその理由(意識)について調査している。その分析がおもしろい。

2008年9月19日 (金)

自費出版の本を入手しました。

 とある自費出版の本がほしいからと頼まれたので、どうにか入手できないか調べました。書名と著者名がわかっているだけのものだったので、調べているうちに自費出版だということがわかったのですが。

 一般の書店では、取扱いがないので、どうにもならないかと思っていたところ、ネットオークションに出ていることがわかりました。

 そこで、簡単な登録してオークションで落札しました。ライバルがいなかったので、簡単でしたが。

 自費出版物でも、こういう風に入手できることもあるとわかりました。

2008年9月18日 (木)

消しゴム版画を彫らないナンシー関。

男よりテレビ、女よりテレビ

 『男よりテレビ、女よりテレビ』(小倉千加子著、2008年9月30日刊)

 本書は、テレビ番組を批評するものである。と同時に、ナンシー関(故人)を思い起こさせるものである。まぁ、なんとなくだが。

おにぎりがおいしそうで、疲れていても疲れずに観れる映画。

かもめ食堂

 『かもめ食堂』(荻上直子監督、小林聡美、片桐はいり、 もたいまさこ出演、2006年発売)

 今頃、観た。正確に言うと昨晩ですが。

 体調があまりよくなく、疲れていて、何もする気が起きないようなときでも、ストーリーを途中で見失うことなく、最後まで中断せずに観られる映画。私にとっては、大切な要素だ。

 フィンランドの風景を映像で楽しめる映画かと思ったが、かもめ食堂から外を見ているところと、小林聡美さん演じる女性の自宅などが多い。

 なぜ舞台がフィンランドなのかがよくわからない。

 うまく説明できないが、でも、おもしろかったです。原作が群ようこだからか、最初から最後まで淡々としている。

 おいしいおにぎりが食べたくなりました。

2008年9月17日 (水)

フィンランドと言えば、シベリウス「フィンランディア」(渋すぎ)。

フィンランド豊かさのメソッド (集英社新書 (0453)) (集英社新書 (0453))

 『フィンランド豊かさのメソッド』(堀内都喜子著、2008年7月17日刊行)

 本書は、近年日本でも注目されているのに、事情をよく知らない人が多い、不思議な国フィンランドについて、いろいろ教えてくれる本である。

 フィンランドと言えば…?

 私はシベリウスという作曲家の交響詩フィンランディアですね。真っ先に。

 本書を読んで驚いたのは、赤ちゃんを外に出して昼寝させる習慣。外出着を着せるのだけど、外気温がマイナス10℃のときにも、ベビーカーに乗せて室内の親から見えるところに2時間ほど出しておくんだそうだ。赤ちゃんはそのまま気持ちよくお昼寝なさり、終了後は泣いて知らせるらしい。著者も「凍えて死んでしまうんじゃないか」と心配したり、「誰かに盗まれてしまうんじゃないか」と言うのだが、実際に凍えもせず死にもせずお昼寝後着替えさせると汗までかいているのを見たり、フィンランド人に「盗まれた話は聞いたことがない」と言われて「そんなもんか」と思ったりしている。

 極寒の季節に、赤ちゃんが一人で外で寝ていると、私も通りがかりに気になってしまうと思うが、慣れればチェックして歩くのが楽しくなりそうな気もする。私が今から(赤ちゃんじゃないのに)真似して一緒に昼寝すると、自分だけ死んでしまいそうな気もするが、どんな感じか知りたい。

 サウナはフィンランドからそのまま輸入した言葉のようで、また、サウナはフィンランドでは欠かせない設備のようだ。持家だけでなく、借家や賃貸住宅にも当然のように備えてあるらしい。

 森で過ごすことがとても身近で、サウナに入った後で湖に入ったり、ヘラジカを食べたり、書名のとおり、豊かさの方法について、いろいろ考えさせられる。

【追記 2008.10.30】

 フィンランドの教育力の高さについて書かれた部分を引用しておく。なお、この話題については、「図書館の地位を見れば、国民の教育レベルもわかる?その1」「図書館の地位を見れば、国民の教育レベルもわかる?その2」にもあります。

「教職は人気があり質が高い」の一部から

 フィンランドでは、教師は伝統的に人気の高い職業だ。もちろん安定性や長い夏休み、といった魅力もあるが、給料は仕事の大変さ、責任の重さに比べれば、けっして高いとはいえない。しかし、フィンランドに「教師は国民のろうそく、暗闇に明かりを照らし人々を導いていく」という言葉があるように、国民から尊敬されてきた職業なのだ。とはいっても、「小学校のときに教わったあの先生に憧れて教師になりたい」と思っている人は、私の周りにはほんのわずかしかいなかった。逆に教職を目指す友人からはよく、今までに教わった変わった先生や、嫌いだった先生についての批判を耳にした。彼らが教職を目指すのは「恩師への憧れ」というよりも、それまでなんらかの形で「教える」経験をしてきており、その教えることの楽しみ、子どもたちへの愛、そして自分の知識を他の人に伝えたいという願い、というのが大きい。そして「知識を教える」ことだけにとどまらず、広い意味で「教え育む教育」ということに情熱をもち、教師に憧れている人がとても多い。これが、専門性と人間性両方を兼ね備えた教師の質につながっていくのだろう。

 そして教師の質とともに大事なのは、カリキュラムや教え方である。以前、ある教育大臣を務めた人物がこう言っていた。

 「教育で大切なことは情報を与えることだけではない。自分で考える力、問題解決能力、想像力、理解力、適応力を養うことである」(P.64-65)

 2008年10月29日付朝日新聞(ここ)にも、「教育は繁栄の基盤」と題した小さい記事がありました。「教育とは教えることではない。燃えることである。僕が与えられるのは生きることの喜びと勇気であろう」との言葉が紹介されています。これと「学問に憧れを感じるようになる教育」の言葉はインプレッシブでした、私には。

2008年9月16日 (火)

ヒ~。

 今日行こうとしていた仕事でしたが、今日はありませんでした…。

 間違えて行き忘れていたのと比べれば、間違えて行きかけるほうがまだよいように思うのですが、それにしても、やはり、随分ぼんやりしています。今日は火曜だということはわかっていますが。

 ということで、予定が空いたので(勝手に間違えて予定を入れていただけですけど)、今日は休息をメインにしたほうがよさそうです。

 眠くて困っていたのですが、驚いてすっかり目が覚めました。しかし、からだに悪いです。

2008年9月15日 (月)

「残業は悪」と思うくらいでちょうどよいかも?

結果を出して定時に帰る時間術 (sasaeru文庫 こ 2-1) (sasaeru文庫 こ 2-1)

 『結果を出して定時に帰る時間術』(小室淑恵著、2008年2月7日刊行)は、タイトルどおりの内容の本である。ただ定時に帰るだけなら簡単だが、結果を出さなくては意味がない。そこで、どうするか。そのことが非常に細かなところまで書いてある。たとえば、先輩たちがたくさん残っているなかでどうすれば感じよく先に退社できるかについては、そのために使うセリフまで教えてくれている。「○○さんのおかげで効率よく仕事が終わりました」というのを言うことを忘れないこと、それも大きな声で。

 この例でわかるように、始業から終業までのあらゆる場面で細かな設定のもと、こういうときはこうすると指南してくれる。

 「定時に帰れ」ということも繰り返し強調しているのだが、残業をしないほうがよい、ではなく残業をすることが会社に迷惑をかけている、というくらいの強いトーンで主張するところが注目すべき点かと思う。

 世の中の「残業しないと悪い」という風潮を、一気に「残業は悪」(著者の表現ではありません)にしてしまおうとする辺り、すばらしい意欲作だと言える。

 若い女性向けに書かれているが、若くなくても女性でなくても、一読するとよいと思う。

火曜かと間違えるぼんやりさ。

 今日が祝日だということは知っていたのですが、仕事に行き帰る段になって、火曜じゃなくて月曜だということに気がつきました…。

 明日が火曜でした。明日は間違えず別の仕事に行かねばならないのでした。

 昨夜は深夜か明け方くらいに、往来で吠えている人間がいたせいで起こされ、あんまりちゃんと休めていなかったこともあって、ぼんやりしているような気がします。(と思いたいです。)

 吠えたいときは、時間帯と地域(民家のないところなど)を十分に吟味した上でお願いしたいものです。

 次の機会には、お上に通報します。

 こういった方も、エネルギーが余って困っておられるのかもしれません。そんなに若い声ではなかったのですけども。

 貧血だと疲れやすいのですが、きっと献血しても元気が余ると思うので、献血してはどうでしょうか。他にも、自転車をこいで発電するなど、エコな活動にも活かせそうです。

 昨夜は「中秋の名月」だったようです。ルナティックな活動は静かにやりましょう。

プレゼンの極意をプレゼン。

プロフェッショナルプレゼン。 相手の納得をつくるプレゼンテーションの戦い方。

 『プロフェッショナルプレゼン。』(小沢正光著、2008年9月21日刊行)を読んだ。著者は、長年広告業界で商品を売り出したいクライアントを相手に、プレゼンを繰り返してきたプレゼンのプロ。どういうプレゼンがよいプレゼンなのか、経験に基づいて述べている。

 本書のおもしろいところは、「プレゼンの肝は相手の視点で」ということを伝えたいために、本書の構造自体も著者の読者に対するプレゼンになっていると読むことができる点である(最後に著者もそのように述べている)。

 伝えたいことの論旨が明確であれば、口頭での説明だろうと、いわゆるプレゼン形式だろうと、書籍の形式だろうと、受け手にはきちんと伝わる。それを、実際に示しているところが説得力のあるところだと思う。

 どんなことでも、相手のあることなら相手の立場から考えてみる、とは、言われてみれば当たり前のこと、あるいは、そのこと自体はすでに知っている人も多いと思われる。ただ、理屈でわかっていることを具体化して自分が実際にやってみることが直結するかと言うと、それはなかなかむずかしい。

 著者は、一言で表現できるこの原則を、何度も違う具体的な説明を用いて繰り返す。ちょっとしたカノン構造になっている。

 読者(私)が、新鮮な気持ちで読めたのは「プレゼン後のプレゼン。」「チームありき。」「敗因分析。」のところである。
 「プレゼン後のプレゼン。」とは、プレゼンの相手が意思決定権をもっていない場合に、自社に持ち帰ってその人がプレゼンをすることになる。プレゼンに慣れておらず、自分が作ったわけでもないプランを話して理解してもらうということは、ままあることだ。だからこそ、一度聞いたその相手が持ち帰って再現できるような、インプットをただちにアウトプットに変換できるようなプレゼンであることが重要だということ。
 「チームありき。」は、成功はチーム全員の功績、失敗は責任者が負うものと心得よという教え。
 「敗因分析。」は、競合相手に負けてしまった際にも、プレゼン対象にお願いすればダメだった理由を教えてもらうことはできる。聞くべきだとの主張。

 本書は、すぐに読める。時間的にもそんなにかからない。一読しても損はない。

2008年9月14日 (日)

サキヨミ(2008.9.14)を見ました。

 前回の勝間さん出演回には、眠くて寝てしまっていたような気がします。今日は起きているので、視聴できました。

 取り上げられた話題は、「事故米問題」。

 勝間さんのご発言は、工業用として売った場合の利益が微々たるものなのに、廃棄してはいけないのか。それを売るための流通コストなどを考えると、そこまでするだけの必要があるのかどうかを再考する必要があるのでは?

 大阪府知事が出演されました。が、ちょっとお風呂に入ってきます。

 お風呂から出てきたら、中国のブログ・ジャーナリストの話題になっていました。おもしろそうです。政府系メディアが伝えるものとは違う情報を現地に自ら出かけ直接取材したままにブログに発表しています。それを読んだ市民からの反響が大きいと、政府によってブログが閉鎖されてしまったりもするとか。

 その後もこのジャーナリストは取材しブログに発表することをやめていませんが、政府からの妨害行為もひどいそうです。住んでいる場所に、見知らぬ男が入り込んでずっと居るっていうのが、ちょっと理解不能です。帰ってもらうわけにはいかないのでしょうか。

 グーグルで彼の名前を検索すると、見せられないと出るというのも、驚きです。

 ブログ・ジャーナリストは彼だけなのでしょうか。いくら規制や妨害をしても、インターネットの発達の程度を考えると、正確な情報は隠しとおせるものではないように思うのですが。

 この件について、勝間さんも「規制しつづけることはできないと思うので、さっさと政府はあきらめたほうがいいのでは」(趣旨)とおっしゃっていました。

 ブログ・ジャーナリストも、数が増えれば、規制や妨害もしつづけることができなくなると思います。少人数だとリスクが大きいですが、環境が許す人はどんどん参入してしまうといいかもしれません。

 番組はまだ続いていますが、これはもうやめにします。明日は仕事でした。

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』、リンクをまとめました。

論争日本のワーク・ライフ・バランス

 8月中には、と思っていたのに、半月も長くかかってしまいました。いろいろと考えさせられることやインスピレーションをもらえる本でした。どこかにすでに書きましたが、そういう意味では大変お買い得な本です。

 いろいろと関連記事が散らばっているので、ここにリンクをまとめておこうと思います。日付の古い順です。

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』、あれこれ。

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を読んで。その1

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を読んで。その2

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を読んで。その3

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を読んで。その4の1

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を読んで。その2の2。

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を読んで。その4の2。

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を読んで。その4の2。

論争日本のワーク・ライフ・バランス

 ここからの続き。「男女平等とワーク・ライフ・バラス:統計的差別解消への道筋」と題し、山口一男さんと阿部正浩さんが講演。樋口美雄さんがモデレータを務めておられる。

 第4セッション後半。阿部報告は「企業の女性活用と男女間賃金格差」と題されている。同一属性の男女にどれだけの賃金格差があるのかを見るために、学歴と企業規模を同一にして、年齢階級別に男女間賃金格差を算出している。そこからは、若いうちは企業規模も学歴もあまり格差は大きくないが、30歳代になると大きな格差ができていることがわかるという。また、過去20年間の推移を見ると、最近になるほど、少しながらも格差が縮小の傾向がある。これは日本の特有のことではなく、イギリスやフランスでも同じ構造をもつ。

 同一属性にもかかわらず、なぜ年齢とともに男女間で格差が拡大するのか。これは、人的資本蓄積の男女間格差と統計的差別が挙げられる。ここで、前者にはミンサーとポラチェックの理論を紹介し、後者にはフェルプスやアローの研究を紹介している。

 フェルプスやアローの議論から、企業が危険回避的な行動をとる場合は、「能力のばらつき」が小さいグループから採用しようとする。能力の平均値が同じでも、ばらつきに差がある場合には、ばらつきの小さいグループが選好されるというところが興味深い。

 ここの「能力のばらつき」で言う「能力」とはどういったことを意味しているのかがよくわからない。

 平均勤続年数の違いが統計的差別を生むのはよくわかる。「能力」のなかに「長期間勤続できる条件」が入り込んでいるとすれば、このばらつきも男女で顕著である現状では、機会を均等にしにくくなってしまう。勤続しているほど教育投資を受ける機会も増えるため、単純には切り離せないことがむずかしいところなのかもしれない。

 報告では、最近の日本(大)企業のポジティブ・アクションやWLB施策が、人的資本格差や統計的差別の回避に貢献する可能性について言及されている。企業の人事施策は男女間賃金格差にどのような影響を与えているのかを明らかにしようと試みている。分析の結果からは、「男女間賃金格差の企業間差異は人事・労務管理のあり方次第」になるという。

 WLBやポジ・アクがどのように影響しているかの検証がおもしろかった。WLB施策のみ、あるいは、ポジ・アク施策のみでは、男女間賃金格差の縮小に貢献しない、両方とも取り入れていることが格差の縮小に効果があるらしい。

 山口報告とも重なるが、不確定要素を多くもつ集団のほうが、採用その他の機会において統計的差別を受けやすい。これは、別の言い方をすれば、多様性をもつ集団に機会を与えることを忌避しがちな傾向を意味すると思う。男女においては、女性のほうがライフスタイルの多様性をもっている(というか、そのようにせざるをえない状況に置かれている)。反対に、男性は画一的なライフスタイルを強いられている。そのために、労働の場においては、男性集団はより画一的なワークスタイルを選択しつづけ、女性はより不確定要素を引き受け続けることでより多様なライフスタイルを生きざるを得ないような状況にい続けるしくみに組み込まれていると言える。

 「多様性の実現が活力ある社会の要」ということを、より多くの人や企業が認識するには、どのような方法があるのだろうか。これも、一般の人間の「環境適応的」な性質を考えれば、先に多様な人材を採用してみて、多様性のよさを認識することにつながる方法のほうが効果がありそうな気がする。

 多様性というと、性別や人種などを思い浮かべがちだが、ちょっと不思議な人などのことも入るのではないかと思う。「ちょっと不思議な人・物事」や「少し変わった人・物事」を怖がったり気味悪がったりすることなく、より大切にしたり、よりよく理解しようとしてみることで、自分の認識や世界が広がったり豊かになったりするような気がする。過去にも偉大な発明や功績を残した人たちは、当時は「変人」「おかしな人」と思われていたりする例も多い。不思議な人たちを許容できるような職場環境なら、生産性もおのずと上がるのではないかと思うのだけど。

 今後、人材の流動性が高まれば、よりよい人材ほど定着してもらうような努力が必要になってくる。WLBやポジ・アクはそのためのインセンティブを与える取り組みに位置づけられていくと思う。

 この報告でも、企業の人事・労務管理戦略が重要だとされていたが、人事部門のトップがどのくらいこのことを認識しているかで、その企業の将来が決まってくるということだろうか。

【質疑応答】

 WLBにも、従業員への福利厚生としての位置づけと人材活用としての位置づけの2通りあるというのがおもしろい。前者は従業員のために導入して(やって)いるという考え方が透けて見えるようだし、後者は企業経営にとってすでに欠かせないとの認識があるように思える。

OLたちの「レジスタンス」―サラリーマンとOLのパワーゲーム (中公新書)

 インセンティブ問題の話題に出てくる『OLたちのレジスタンス』。出てすぐくらいに読んだのだけど、おもしろかったです。著者の経歴にシカゴ大学とあった記憶はあるが、こういうところでつながりがあるとは思わなかった。ただ、インセンティブ問題が、働く意欲や生産性の向上などを削いでいく問題は、おもしろいでは済まされないことだと思うけれど。

 女性を管理職に登用する際の、「順序」をどうするかも、興味深い見解だと思う。すぐに登用せずに、教育訓練や配置転換などの育成の機会の平等を行ってから登用したらよいという阿部さんの考えと、ポストが能力を育てるという山口さんの考えとは両方とも一理あると思うからだ。

 私なら…。女性管理職候補に甘いと言われるかもしれないが、ポストに登用した後にも教育訓練とサポートをすることをしたいと思う。

2008年9月13日 (土)

予約しました。

 近日発売予定の勝間本2冊予約しました。

勝間和代の日本を変えよう Lifehacking Japan』と『読書進化論~人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか~』です。届くのが楽しみです。発売初日の書店で買うことを決めている方は別として、関心のある方は予約しておくと安心です。

勝間和代の日本を変えよう Lifehacking Japan

読書進化論~人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか~ (小学館101新書)

「田舎の風景」を追加しました。

 東京を留守にしていた間に、撮影できた写真をアップしました。写真のそれぞれをクリックすると少し大きめのサイズになります。

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2008年9月12日 (金)

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を読んで。その2の2。

論争日本のワーク・ライフ・バランス

男の育児・女の育児―家族社会学からのアプローチ

 その2を書いていて、ひっかかっていたことがあったのだが、先日『男の育児・女の育児―家族社会学からのアプローチ』を読んでいたら、それが明確になったので、以下に記す。

 『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』第2セッションに関しては、先日書いたとおりなのだが、その際に、「意識」を問題にする仕方にひっかかりを感じていた。それが何なのかよくわからずにいたため、コメント(ここ)にも、曖昧なことを書いている。

 『男の育児ー』には、「父親の育児」の規定要因として、「状況要因説」「権力要因説」「意識要因説」の3つの仮説があるという。

 「状況要因説」は、「父親が育児をしやすい、あるいはせざるをえない状況におかれると(たとえば父親の労働時間が短い、母親がフルタイムで働いている、子どもが小さくて手がかかる、育児を手伝ってくれる祖父母が近くにいないなど)、父親は育児をより多く分担すると考える」。

 「権力要因説」は、「権力資源をより多く持つと(たとえば収入が多く『稼ぐ』役割を果たしていると)、相手に育児を分担するよう交渉する力がより強くなり、相手の育児分担が増えると考える」。

 「意識要因説」は、「性役割意識がその人の育児行動を規定する」。

 これら3つの仮説のうち、状況要因説を支持するデータは多いそうだ。権力要因説はいくらかの調査が支持しているという。

 意識要因説については、これを否定する研究が多いらしい。

 これらのことと、『論争 日本のー』第2セッションの議論を振り返ってみると、家事・育児負担が女性に非常に多くかかっている現状を変えるのであれば、『男の育児ー』に書かれている下記を参考にしたほうがよいのではないかと思う。

 これらの研究は父親の育児分担を増やすためには、父親の意識を変えようとするより、父親が育児をしやすくするよう環境を整えることや(たとえば労働時間の短縮)、夫に育児分担を交渉する際の妻の発言力を高めること(妻が経済力を持つこと)のほうが有効だということを示している。(16頁より)

2008年9月11日 (木)

久々に筋トレしました。

 羽田から直行で筋トレに行きました。1週間ほど間が空いてしまいました。しばらく空くと、なんとなく、心肺機能が低下してしまうような気がします。面倒な気持ちにもなるような気がします。できるだけ、空けないように心がけることが大切かと思います。

 今日までの3日間は、開設されてからちょうど1周年ということで、記念のクジをやっていました。おそらく、空クジなしだと思うのですが、私はバッグが当たり(?)ました。

 今夜はぐっすり眠れることを期待しています。

東京行きのフライトです。

 午後の便で東京に戻ります。東京は夕方以降雨の予報ですね。

 今朝は、久々にトノサマガエルを見ました。大きくて驚きました。写真を撮ろうとしましたが、飛んで草むらに隠れてしまい、できませんでした。

 あっという間でした。

2008年9月10日 (水)

久々に自転車を運転しました。

 今日は自転車です。車よりもずっと久々の運転でした。

 写真を撮りたくなったので、近くをうろうろしようとして、徒歩で出掛けたものの、思い直して一度戻り自転車で出発です。

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 北へ5キロ、西へ3キロ、帰りに4キロくらい走ったようです。東京へ戻ったら、撮影したものをたくさんアップしますが、ひとまず、こういうところでした。

 あまり車も走っていないので、車道を自転車で疾走です。おそらく、時速20キロくらいは出せていると思いますが、車と違い、自転車は風を切って気持ちよかったです。

 その後、車で日帰り入浴が気軽にできる、近くの温泉に行きました。「源泉かけ流し」というやつです。田舎なので、施設は広く人は少ない、おまけに、利用料も安く湯もたっぷりと使えました。夏場なので、建物内の洗い場や内風呂と露天風呂の空間が開放してあり、ひろびろと気分よく満喫でした。

 こういうとき、きょうだいが同性だと一緒に入れて便利です。風呂上りもそば茶を飲んだりしてゆっくりし、帰りました。

2008年9月 9日 (火)

久々に車を運転しました。

 免許はもう随分前に取り、取ったすぐ後は1年間毎日運転していたのですが、その後は、ときどき機会があるときに、運転しています。昨日、今日は久々に運転し、楽しいのですが、ちょっと疲れました。

 人が運転してくれる車に乗れる方がうらやましいです。というのも、自分で運転しない車では、すぐに乗り物酔いをしてしまうため、自分で運転せざるをえないからです。したがって、タクシーなどは苦手です。

 本日はかなり緊張する用件を終えることができ、ほっとしました。

2008年9月 8日 (月)

雷雨が去ってよかったです。

 昨日は上空の気圧配置がめちゃくちゃで、身体が反応してダメでした。

 今日は晴れて、私にとってはよい日ですが、これからフライトです。気圧やGがかかると、くたびれます。上空が安定していますように。

2008年9月 6日 (土)

妻が10人いれば普通の男は死ぬ。

 ナイジェリアには、86人の妻がいる男性がいるそうです。子どもは170人以上だとか。彼が言ったという、「妻が10人いれば普通の男は死ぬ。でも俺の力は神から授かった」というのには感心しました。

 その神から授かった力を、もっと別のことに使ってはどうかというのと、「普通の男」は妻が10人いると死ぬのかということが、気になります。

 「普通の男」は、妻を10人も必要としないような気もしますが。

 エネルギッシュな点は、本当に羨ましいです。

 9月3日付朝日新聞夕刊に見つけました。ここに記事をアップしておきました。

SATC観ました。

 昨日、SATC観てきました。最終の時間帯だったこともあるかもしれませんが、座席はほとんど埋まっていたと思います。若い女性たちが数人連れだって来ているのが多かったように思います。中には、男性が一人で、というのも数人見かけましたが。

 ドラマのほうも全部観ていたので、大変懐かしい感じがしました。4年ほど経っている設定で、実際に登場人物はちゃんと歳をとっていました。日本の俳優さんだと、何年経とうとその時間を感じさせないように前と同じような容姿で出てくるように思うのですが、あんまりそういうのってないんでしょうか。

 SATCをその性表現から過激な部分だけを取り上げるような書き方は、ずいぶん減ったように思いますが、女性たちの友情と恋愛を中心テーマとした内容は、笑えるところもありますが、私は結構しんどいことが多いと思います。

 とくに、キャリー。なぜ、あんなにつらい思いをさせる男性が好きなのかと思います。他の3人の女性の相手は、どの人も、良さがわかるんですけど、Mr.Bigのいいところは、何なんでしょうねぇ。

 自分とは全く関係のない、実在もしない女性のことなのに、なぜか反応し過ぎてしまい、今日は弱っていました(笑)。

2008年9月 5日 (金)

ナキウサギ。生きた化石。

Nakiusagi

ナキウサギ 「ピー、ピー」と冬支度開始 北海道・然別湖(ここ

ナキウサギ、かわいいです。とくに、鼻の下から口元のところが、気になります。

2008年9月 4日 (木)

追悼文を発見・氷室冴子さん。

 読売新聞9月2日付夕刊に、氷室冴子さんの追悼文を見つけました。お亡くなりになってから、しばらく経ってもこういう記事(ここ)が出ることに、支持者の思いを見る気がします。

『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』を読んで。その4の1

ここからのつづき)

論争日本のワーク・ライフ・バランス

 第4セッションでは、男女平等とワーク・ライフ・バラス:統計的差別解消への道筋」と題し、山口一男さんと阿部正浩さんが講演。樋口美雄さんがモデレータを務めておられる。
 
 山口報告は「男女の賃金格差と女性の統計的差別の解消への道筋」と題されているとおり、女性を統計的差別することが企業経営にとって合理的であると考えられてきた(現在も)という労働経済学の従来の知見に対し、合理的でないことを示すこと、合理的でないことがなぜ長きにわたり続いているのかを理論的・実証的に明らかにすること、さらに、不合理の解消を通じた経済活動面での男女共同参画への道筋を示そうというものである。そして、企業がワーク・ライフ・バランスを制度的に取り入れることの役割を解説する。

 本論で述べられる5点の不合理な問題は、以下のようにまとめられる。
1.企業が女性の離職コストを高く見積もりすぎているのではないかという点。
2.一般職女性の生産性が低いことと、それを促進してしまうインセンティブ要因に無自覚な点。
3.逆選択の影響により、優秀な女性の人材を立ち去らせ、生産性の低い女性をとどまらせるなど、生産性の低い男女労働者比率を高めるような性差別による機会コストの大きさに対する認識が希薄である点。
4.日本のコース制による差別的賃金が、離職コストの低減のみに過敏であるのに、離職リスクの低減を講ずる戦略には鈍感である点。
5.日本の企業における人事部・人事課主導に大きな人事権があることが、リスク回避傾向(たとえば、減点主義)が高すぎるために、それに伴う不合理があると考えられる点。

 以上5点の不合理さに関し、「作為の誤り」と「不作為の誤り」という概念を導入して説明を試みている。

「作為」…「意図して積極的にする行動」

「不作為」…「あえて積極的な行動は取らないこと=意図的無行動」

「作為の誤り」…「積極的な行動をすべきでない状況で行動して失敗すること」

「不作為の誤り」は「積極的に行動すべき状況なのにしないこと」

 「減点主義」は、作為の誤りは罰せられ、不作為の誤りは罰せられない報酬原理となるという。減点主義と前例踏襲傾向がリスク回避傾向で説明されることが興味深い。

 本論での5つの議論を踏まえて、「男女の賃金格差解消への道筋」として、重要な4点をまとめている。

1.人事部・人事課による人事決定権を大幅に縮小し部局採用(新規・異動とも)、部局による職能評価、部局昇進・昇級決定へと変えていくこと。
2.企業のWLB施策の拡充+政府によるそれらへの支援。WLBを雇用者の福利厚生という観点ではなく、人材活用の観点から柔軟に働ける職場環境を推進する。
3.現行コース制を法的に禁止し、長期雇用を必ずしも前提としない雇用者に人的資本の自己投資のインセンティブを与え、差別的でない賃金・昇進制度を確立すること。
4.雇用形態の男女の違いによる男女の賃金格差の是正のため、
a)育児離職後の女性の正規の再雇用拡充
b)短時間正規雇用の拡充
c)時間当たり生産性の規準に基づく、均等待遇

 以下、おもしろかった点とその理由。

 男女賃金格差の要因を数値化することで、「賃金格差への貢献度」の34%が「男女の職階差」、18%が「勤続年数差」というように、含まれている要素を取り出すだけでなく、順位付けができている点。

 男女の時間当たりの賃金格差を要素分解したところ。

 一般職女性の生産性の低さの原因を、生産性の低い仕事を与えるだけではなく、インセンティブ問題を生むから、とした点。これは、長年低賃金で働き続けてきた年配女性からたまに聞く発言や姿勢から、現実感をもって理解できることだった。

 企業が短時間正規勤務を好まない理由に、労働生産性を一人当たりで見る傾向があり、これを時間当たりで見るという観点に変えていくことが必要というのは、大変納得がいった。

 不合理と指摘されている点を説明するために、「作為の誤り」「不作為の誤り」という概念を導入して説明するところは、なるほどと思う。前例を踏襲しがちで、新しい試みには腰が重いのはなぜかと思っていたのだが、そういうしくみになっているのなら、(それらの人びとの行為に対し)納得はしないが理解はできる気がする。このようなしくみがあるのであれば、「前例がないのなら、これを前例にすればよい」とか「前例がないことは、しないことの理由にはならない」と主張しても、効果が薄いこともわかった。論理的には、「前例がない」は「新しい試みをしない」ことへの理由にはなっていないのだとしても。
 ただ、この箇所は、これらの語(作為と不作為)を読みながらでも、何度か読み返さないと、私にとっては意味を追いにくい部分だったのだが、これを耳で聞くとよりむずかしいような気がした。あくまで、私にとっては、であるが。山口さんがご自分でもおっしゃっていたように(ここ)、これは勝間和代さんの「失敗の4類型」と対応関係にあるのだが、私にはこちらのほうが「スッとわかる」ものだった。

 大変論理的かつ明確な論旨で、読み終わって「ほおぉ~」(※感心したときに発する音です)と視界が晴れたような気がした。自分自身が現在「論旨を明確にする」必要を感じつつ、なかなかできていないこともあり、余計に「論旨の明快さ」に惹かれるのだと思う。

 以下、ちょっと気になる点。

 報告に内在することではなく、外在的なことなのだが、指摘のあった人事権を人事部から部局ごとに与えるようにすると、セクシュアル・ハラスメントもアメリカ型になることが予想される。そこで、セクハラ防止指針もそれに合わせた形で修正が必要になると思う。

 「統計的差別」は「間接差別」とイコールではないことはわかったが、どういう関係にあるのかは、本報告を読むだけではわからない。このことは、単純に私の無知によるものなので、ちょっと勉強したいと思います。

 本報告内容の趣旨を理解するには、それほど必要ないようにも思うが、数字の算出法がよくわからなかった。計算そのものは単純な割り算や掛け算なのだけど、そういうことではなく、この計算をすることが、なぜ、その結果を使った説明につながるのかは、もう少し考えないとわからない。

 第4セッションは、2つに分割することにしました。つづきは後日(ここ)。

【関連情報】

 「統計的差別」という考え方をここで初めて知った。「直接差別」に対して「間接差別」という概念があるが、言葉を知ってすぐはこれと同じようなものかと思ったのだが違う。本書の第4セッションとそこでの議論よりもずっと専門的に書かれている山口一男さんの論文『日本労働研究雑誌』(2008年5月号)(ここに目次)を読んで、統計的差別についてはだいたいわかった(ような気がする)。が、間接差別との位置関係が依然不明。

愛蔵版 モモ

 プレリュードの中に、たとえ話として出てくる「時間泥棒」は、『モモ』というお話を読んだことのない私には「?」だったので、これも読んでみた。『モモ』(ミヒャエル・エンデ著)は、モモという名前の女の子が出てくる。モモと周囲の人たちとのかかわり方などから、「時間」・友だち・豊かな生活について考えさせられるファンタジーなのではないかと思う。生活・人生・人間関係の豊かさと時間とのかかわりと、「時間泥棒」についていろいろと考えさせられた。

【補完情報】REITIで開催された「男女の賃金格差解消への道筋」の講演録(ここ)とそのときのプレゼンテーション資料(ここ)を見ることができる。

2008年9月 3日 (水)

今月の測定をしてもらってきました。

 月のはじめは、筋トレの効果を測定する期間です。今日行って測定してもらいました。

 結果は、予想外に変化が出ていたようです。ここのところ、疲労のために、むくんだりしているような気がしていて、それで体重が増えているような気がしていたので(私は体調が悪いと体重が増える傾向がありますので)、先月よりも悪くなっているのではないかと思っていました。それだけではなく、先月は通えた回数も7回と、目標の10回に届かなかったことも影響しているのではないかと考えたわけです。

 しかし、スタッフの方は、「すごい変わった」と言って喜んでくれていました。何かというと、これまであんまり変化がなかったのに、筋肉がいくらかついたと思えるような数値の変化があったためです。骨格筋率というのを測定するのですが、それが女性平均だと27%だそうです。私はこの27%に多少足りなかったので、まずはこれを目指していたわけですが、本日クリアしていることが判明しました。

 その割には、いまひとつ、達成感がありません。スタッフの人が喜んでくれているのに、あんまり嬉しい感じもしなくて。

 嬉しいという感情を無理やり喚起することもないので、測定結果は淡々と受けとめ、次の目標値を骨格筋率28%に定め、今月も精進するつもりです。それと、10回は通うようにしたいと思います。

 それとは別に、足と脚のムクミンをなんとかしたいのですが、どうすれば・・・?

横浜・元町中華街で中華粥を食べました。

 中華粥がこんなにおいしいとは発見でした。夕食時だったこともあってか、店の前に列ができていましたが、回転が速く割とすぐに座ることができました。

 お昼にはランチセットがあるようですから、今度はお昼に行ってみたいと思います。って、中華街はあんまり近くはないので、「今度」がいつ来るかはわかりませんが。

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 横浜方面に行くこと自体、大変久しぶりでした。中華粥の後は、街をうろつきながら、スターバックスに行って、アニバーサリーマグを買って帰りました。なかなか素敵なデザインでしたので。今、それでコーヒーをいただきつつ、これを書いています。

2008年9月 1日 (月)

気になることがたまっていたので、調べました。

 しばらく、こういうことに時間を割けなかったのですが、今日少し調べることができました。毎日生きていると、気になることやよくわからないことがどんどんたまっていくのですが、他の人はどのようにしてそれに対処しているのでしょうか。

【スタンダードプードル】

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 数日前歩いていたら、スタンダードプードルを見かけました。トイプードルはどこでも見かけるくらい、最近ではポピュラーな犬種ですが、スタンダードはなかなか見る機会がありません。大きさは、レトリーバ大ですので、かなり迫力も重量感もあります。なのに、あの姿。ヘアスタイル(笑)。前から、おもしろく興味深く思っていましたが、ここを読んで、すごい犬種だということがわかり、認識を少し改めました。

 あの被毛のカットの仕方にもきちんと機能的な意味があったのですね。スタンダードはかなり身体能力も高いことは知っていましたが。見かけが遊んでいる感じなので、ちょっとふざけた存在なのかと思っていました。

 トイプードルのように、被毛を刈ると、これはこれでかわいいような感じがしてきます。ただ、大きさに違和感を覚えるかもしれません。でも、見た目なんて、すぐ慣れます。

 もっとみんなスタンダードを飼えばいいのに。そうしたら、遭遇率があがるはずです。

【通りすがるけど、犬種がわからなくて気になっていた犬】

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 これは、「犬図鑑」というウェブサイトで見つけたのですが、スキッパーキという名前の犬種のようです。

 これととても似た犬を、ずいぶん前から近所で見かけていたのですが、不思議な外見でずっと気になっていました。ただ、3匹くらいで一緒に散歩していて、別の2匹は違う犬種だったため、この黒いのはなんかの雑種なのかと思っていました。

 スキッパーキは、フランダース語で「小さな船長」という意味だそうです。よくわかりませんが、おもしろいです(笑)。

 ともかく、気になっていたことがわかってすっきりしました。

 実はもう1頭、不思議な外見の犬と、もう6年くらいすれ違っているのですが、それの犬種が謎のままです。職場の同僚がつけて呼んでいた「大五郎」という名を私も便宜上呼んでいますが、本名も知りたいです。いつも散歩中に見かけていて、真剣に歩いている姿しか見たことなかったのですが、今日帰りに見かけたところ、立ち止まって話をしておられました。あ、話をしていたのは、飼い主の方ですけど。止まっているのを初めてみて、少し嬉しかったです。

【鼠先輩】

 この言葉の音だけはどこかで聞きかじっていて、気になっていました。

結果⇒鼠ではなく、人間の男性でした。職業は演歌歌手だそうです。歌は聴いたことがありません。

 鼠先輩オフィシャルサイト(ここ)や鼠先輩公式ブログ(ここ)がありました。しかし、なぜ「鼠先輩」なのかが、現在までのところ、わかりません。

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