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2008年9月25日 (木)

リブを生きてきた人を囲む。

女(リブ)たちの共同体(コレクティブ)―七〇年代ウーマンリブを再読する

 今日は読書会をしてきました。文学作品ではありませんが。読書会というか著者を囲む会かもしれません。著者のおうちにお邪魔し、著者にお話を直接聞くという非常に贅沢な時間を過ごしました。いろいろもてなしてももらいましたし。

 コレクティブとはなんだったのか。「集団的エロス」って何ですか。いろいろ疑問があったのだけど、もっとも気になったのは「なぜ妊娠したら女性たちだけで子どもも自分も引き受けるような生活をすることを選んだのか」という点。妊娠に関与した男性は全く苦労せずに済んで、妊娠した女性は経済的にも子どもの養育・世話にも責任を全部負ってみることは、とっても大変そうなのに、なぜわざわざそんなことしたのかと思う。

 大変だとは思わなかったからではないか。妊娠してコレクティブに来て、産んでみて大変だとわかったのではないか。というのが答え。

 コレクティブは、理念が先行する実験だったのだ。というのがもう一人の見解。

 全共闘のときには、「意識改革をして、革命を成功させる」という目標をもち、意識改革をすることは重要なことだったようだ。自分自身の意識改革をしようと努力し、コレクティブの仲間同士でも相手の意識の低さを指摘しあうという厳しい状況をがんばっていた。

 時代状況的にこういうことを実践したことはなんとなくわかるような気がする。

 そういう歴史的経緯を経て現在に至る女性運動につながっているとすれば、現在でも、自分だけでなく相手の「意識を問う」ような習性の方にときどき会うことになるのも、わからないではない。ただ、意識を変えて社会変革をする、は今は流行らないのですけども。

 信念は大切だとは思う。でも、「互いの意識を厳しく問おう」との合意や信頼関係のない中で、相手の「意識の低さ」を問うようなことは、その時代に生きていなかった場合には、文脈を理解するのがむずかしいと思う。

 マスコミが流布したウーマンリブの過激なイメージを「歴史」として知っている私が、実際に「リブだった」という人に会って話してみるときに受ける印象との大きなギャップが不思議でならない。器量の大きさを感じることはあっても。もちろん、30歳以上も年齢を重ねれば、若い頃に比べてマイルドになるとは思うのだけども。

 「実際にそういうところはあったと思うよ」と言われ、そんなものかと思いました。

 「著者を囲む」、お薦めです。

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