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2008年9月29日 (月)

「痛みは平等に」。

働き方で地域を変える―フィンランド福祉国家の取り組み (地方自治土曜講座ブックレット)

働き方で地域を変える―フィンランド福祉国家の取り組み (地方自治土曜講座ブックレット)』(山田真知子著、2005年4月刊)

 2001年、2004年とPISAの子ども学力をはかる基準で世界一となって以来、フィンランドの学校教育に関する書籍はいくつも出てきているが、フィンランド社会全体を取り上げたものは、まだかなり少ない。

 本書は、200頁余りのブックレットながら、フィンランドが注目されるポイントや日本との共通点を簡潔に述べている。

フィンランドが国際的に傑出している点
1.教育レベルが世界一
1993年の教育分野の地方分権改革。
2.「環境管理評価」は世界一
ウォーター・プロパティ・インデックスという水資源と環境管理の評価で2003年に世界一に。日本とUSAはともに30位。
3.もっとも政官汚職の少ない国
政治・行政が腐敗しておらず透明度が高く、政官の汚職が世界でもっとも少ない国であるとされた(2003年)。トランスパーレンシー・インターナショナル(スイスの調査機関)
4.もっとも経済競争力のある国
世界経済フォーラム(WEF)で2003年に評価。
5.女性科学研究者数・地位がトップクラス

日本との共通点
1.急速に高齢化が進行する社会
2.敗戦後に都市化、工業化
3.福祉分野において民間福祉団体の役割が大きい
4.情報産業国
5.乳児死亡率が世界でもっとも小さい国

 印象に残ったエピソードは、以下のものだ。

 別の若い女性の社会保健大臣は子供ができ、一年の産休をとりました。これも日本だったら、非難されると思いますが、フィンランドでは違うのです。「首相がとったのだから、私だって取る権利がある」「大臣だって取っているのだから、われわれだって取らなければいけない」と市民は考えるわけです。同時に市民が「首相も大臣も、産休や育児休暇をとる権利がある」と考えているということでもあります。そういう意味で、政治家は社会生活の在り方の規範になっているといえましょう。リッポネン首相が産休をとったのは、英国のブレア夫人がちょうど出産された時だったので、「フィンランドの首相はちゃんと出産休暇を取った」と夫人に言われて、ブレア首相も何日か休みを取られたというのは有名な話になっています。(59-60頁)

 「痛みは平等でなければならない」
 例として、スピード違反の罰金が所得に比例することなどを挙げて、「痛みは平等でなければいけないから、パーセントで取るべきだという考え」で、若くて収入のない場合にも免許停止などの罰則はあるため、「法に違反したらそれなりの罰を受けなければならない。そして、痛い思いをしなければ人間はまた同じ過ちを繰り返すだろう。けれども、その痛みの基準は平等でなければいけない」と考えるのだと説明する。

 痛みに耐えて現状を乗り越えることを叫んだ首相は引退を表明したが、それに立ち向かわされた人びとの間で、痛みは平等だったのだろうか。

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コメント

えふさん
  これもとても良い記事です。フィンランドの傑出した5つの点、ひとつでもすごいのに5つだとため息が出ます。
  保健大臣の産休(育休?)ですが、わが国の公私の区別は、公務に付くものはすべからく「公」の義務を優先し、「私」は犠牲にすべしというモラルがありました(今でもあります)。この考えの問題は、「私」には公的な地位を利用した私利・私欲の追求という、どのようなモラル上でも非難されるべきものと、「私生活」を大切にするという市民社会で公的任務に就くものを含め誰にでも保証されるべき(と欧米では考える)ものが含まれていて、わが国ではその区別が極めて曖昧なことがあります。私的なものはすべて「身勝手」なことと思われやすい。私的な貢献の乱用は社会的に害をなしますが、私生活を大切にすることは公的義務を怠ることでも、社会に害をなすことでも無く、むしろ社会に一人一人の生活が大切と言う考えをもたらすものですから、公務に付くものも役割モデルとなるべく、自ら育児休暇を取るなどの選択をすべきだという考えが、記事の例のように、出てきます。僕は公務に限らず企業でも、日本では後者の「私」の尊重の価値観が普及しておらず組織が未だ個人に「公」絶対優先の「滅私奉公」的働き方を強いることがWLB社会達成の大きな障害だと思っています。最近経済産業研究所のウェブで、日本人の働きすぎの問題に関連して、実証的根拠を添えて、この点を強調しました。

すみませんタイプミスがありました。
私的な貢献の乱用ー>私的な公権の乱用

山口一男さん、コメントと新しい論文の情報をありがとうございます。

 保健大臣の「産休」は私も「?」と思いながら引用したので、本書にもこう書いてあったのではないかと思います。図書館で借りてもう返却してしまったため、今確認することはできないのですが。また今度確認してみます。

 たしかに世界に傑出した点が5つもあるのは、本当にすごいことです。日本も共通点がけっこうあるようですから、フィンランドから学び参考にできる点は大きいような気がしています。

 日本における公私の区別のつけ方や考え方は、ご指摘はごもっともですね。私などは公務員の方こそ年次有給休暇の完全消化や(男性の)育児休暇取得率を100%を目標にするなど、ぜひ率先して実践していただき、モデルになってもらったらよいのにと思います。

 公務員が労働者として保障されるべき権利(逆に制限されているものもありますが)をきちんともっていることを理由に、民間の人も「せめて公務員並みに」と現状を引き上げるような要求を出していく方向に進めればいいと思うのですが、現状では「恵まれている公務員」をバッシングすることで溜飲を下げるように思えるような言動があることを、非常に残念に思います。「下に下に」とみんなで条件を引き下げるようなことをしている、自覚的ではないのかもしれませんが。それだけ、状況が厳しいのかもと想像はするのですけども。

 REITIのサイトに公表されているのを発見しました。「過剰就業(オーバー・エンプロイメント)―非自発的な働きすぎの構造、要因と対策」ですね。お知らせありがとうございます。今夜はもう寝ると固く決心しているので、明日以降近いうちに拝見したいと思います。私の手に負えるかわかりませんが。
 

えふさん
  公務員がバッシングを受けるのは、「恵まれすぎている」だけでなく、年金問題を始め、庶民の身近な問題で信用を無くしたからだと思います。信頼がないと役割モデルににはなりえませんので、それが難しいところです。
  「下へ下へ」と引っ張るという感じは分かります。ワーキングプアより「裕福」だから、生活保護を引き下げようなどと言う発想もそうです。ワーキングプアが生まれる労働市場を変えるべきなのに。最低賃金を上げ無ければ成りません、そうすると失業率が増えるという議論がありますが、実証的根拠はあっても弱いし、セーフティネットの問題です。勝間和代さんも『日本を変えよう』の15の提言の一つに、これを加えてくださっていて、この点僕と意見は完全に一致です。
  えふさんの睡眠を妨げる気はありませんし(笑)、ウェブのDPの件は読んでコメントをいただきたいということでは全くなく、最近こんなこと考えているという単なる情報提供です。いつもコメントに丁寧に対応していただいて感謝しています。でも睡眠はしっかりとってくださいね。

山口一男さん、コメントありがとうございます。

 政府や行政に信頼がないことは、役割モデルもそうですが、税率を上げるという話にも大きな抵抗を生むことに影響しているでしょうか。

 北欧など高福祉だけど税率も相当高い国では、「国民は不満をもっていないのか」ということに関して、「あまりそんな声は聞かれない」といくつかの書籍に書いてありました。

 勝間さんの「15の提言」においても、いくつかの提言は税率を上げて再分配しようという発想ではないかと思うのですが、税率アップを日本で実現するのは、先に「セーフティネットがあるから失業しても大丈夫」と思ってもらわないとむずかしいかもしれないという気がします。実際には、同時に動くのかもしれませんが。

 眠気の件については、今読むと「私は眠いんだから寝かせてちょうだい」と怒っているようにも読めますね…。すいません、あの、寝たいだけ眠っていますのでご安心ください(笑)。

えふさん
   いつもえふさんの的確な指摘にあうと、この人はどういうお仕事をされているのだろうと思います。えふさんは、個人の心理のことから、社会のことまで、ポイントをはずしませんね。
   ご指摘のことは私は日本の政治の最大問題だと考えているのです。政府への信頼が無いから、税率を上げることには抵抗があり「お手盛り」予算で、公務員が太るだけではないかと言う危惧が生まれます。小さな政府が望まれるのは新自由主義の学者の奉じる市場主義は人気があるのではなく、むしろこの不信の問題が大きいと思います。
   欧米では税収の特定財源化と公金使用の透明化を図って信用を得ようとしています。米国ですら、所得税のうち医療・福祉目的のものは社会保障税として取るときから別枠で取り、さらに福祉医療および高齢者医療補助のメディケアと、失業手当てと年金補助(アメリカの年金の主体は勤め先を通じた積立金方式の個人年金ですが、それとは別に日本と同じ賦課方式の社会保障年金があります)を財源的にわけて特定化しています。公務員汚職が北欧などで極めて少ないことも一部はモラルの問題でも。他は財政の透明化の問題があると思います。
  勝間さんの提言のうち財政支出の増加は、公教育費と家族政策費ですが、『時間投資法』でまずネガティブリスト方式でまず時間の無駄を省くことを提言した勝間さんですから、若し彼女が政治家になったら、税率を上げるのではなく、まず支出の無駄を総点検するのではないでしょうか。勝間さんも僕も国の財政専門家ではないので、まず何処が無駄だとは即断できないのですが。公務員が天下り先を確保するための不必要な公益法人を始め国民の益になっていない無駄な支出はすごくあると思います。
   

山口一男さん、ご丁寧なコメントありがとうございます。アメリカの社会保障の件などとても勉強になります。 

 私の職業について関心をもっていただきありがとうございます。ここでも私が書いていることについて、「鋭い」とか「深い」などと言っていただいて光栄なのですが、自分では特に意図してそのようなことを書いているつもりはなく、自分から見えることをそのまま書いているだけなのです。
 このブログと職業とのかかわりはあまりないのではないかと思います。こういうことを考えたり書いたりするのは好きなのですが、職業としてそのようなことをする機会にあまり恵まれない不全感を充足しているのではないかと思います。
 実は先月もふられたところで、自分の市場価値の低さを噛みしめてみました(笑)。反省と敗因分析もしましたし、月も変わったので区切りとしましたが。
 いただくコメントにインスパイアされることが多いため、私が書く何かが(他の人と比べて?)多少とも優れたように思われる部分があるとすれば、それはいただくコメントの内容にも多くを負っているのではないかと思うのですが(お世辞ではありません)。

 ネオ・リベ路線を選好するのは、積極的な選択ではなく、政府への不信に基づく消去法の結果なのだとすれば、不思議に思っていた「なぜ小さい政府が望まれるのか」への解として得心します。それほど、「不信」は大きな問題なのに、日本では政治家にも国民にもそこまで認識されているように思えないところが気になるところです。
 
 公金の使途に関するルールには、当然モラルも必要でしょうけども、おっしゃるように、モラルだけでは自ずと限界がありそうです。「透明化」をうまくしくみ化すれば、それがモラル維持の効果も及ぼすような気がします。

 支出の無駄については、私は「単年度予算」の拘束が次年度に持ち越すことを許さないために、年度末に不必要な支出を増やし、予算枠一杯に使い切る慣習(買わなくてもいいものを念のために買っておくなどの習性)を生み出してしまうことも、個々には小さい額だとは思いますが、全体が一斉にやると積もるので、結果的に無駄を生んでいるような気がします。私は財政については全くの素人なので、思いつきなのですが。このしくみも、べースには「予算を扱う公務員が悪を働くのを未然に防ぐ」という不信がありそうですので、「信頼がない(低い)」ことに支払うツケは本当に高いと思います。

 財政については、透明化と情報公開を進めれば、政治家にならなくても、無駄のありかをリストアップできるようにならないでしょうか。公開用の予算書にもっと細かい費目まで書き込まれているといいなと思うのですが。勝間さんが政治家を目指されるのならば応援しますけども、票田に配慮しなくてはならなくなるようなことに巻き込まれないとも限らず、政治家としてインディでいるのはなかなかやりにくいのではないかと思います。

 「保健大臣の産休」は、転記ミスではありませんでした。

えふさん
  「鋭い」と「深い」とかいったのは大変失礼であったと思います。平素アメリカの学生(大学院生)と接してそういう風に褒めているので、若い方(えふさんは勝間さん世代と想像しています)との対話でつい「上から」言うようなものの言い方をしてしまいます。本当に上から見ているのでは全くないのでどうかお許しください。それからえふさんに職業のこと詮索的ないいかただったと思います。それもあわせてお許しを。
  単年度予算の問題、おっしゃるとおりです。日本の大学のCOEなどでもこのせいで、一方で自由なイベント企画などができず、他方でおっしゃる無駄もうまれます。国民が政府を信用しないだけでなく、政府が金の使用につぃては公務員を含め国民を信用していないので、予算使用期限を置くのだとおもいます。この不信は無駄を生むだけで無く、自由を制限する点で、大きなコストとなります。
  情報公開の精密化もおっしゃるとおり。
  勝間さんは確かにインディーに、緩やかに志の近い人々と連携しながら、市民活動の方を進めることを選好すると感じます。「もしも勝間さんが政治家になったら」といったのは仮定の話としても誤った印象を与えて不適切でした。ご指摘感謝します。
  

山口一男さん

 何か私の書き方が、私が気を悪くしていたり怒っていたりするような意味に読めてしまったようで、申し訳ありませんでした。いずれでもまったくなく、褒めていただけるのは本当にありがたく感謝しているところです。そこまで褒めていただけるほどのことを言っているとも思わないですけども。「上から目線」とも思っていませんでした。

 勝間さんの件もなんだか叱りつけている感じでしたら、こちらこそご容赦を。

 私はあんまり怒ったりしないですし、大きな声も出せないですし、普段肉声でしゃべっているときは、同じ内容を言ってもあまりきつい感じにならないと思うのですが、文字だけにしてしまうと、もしかすると、あまりにストレートでキツイ表現になってしまっているのかもしれません。
 そういう点では、どなたとも直接対面してお話するほうがいいのかもしれないのですが、ブログでは文字だけの交換に終始するので、私はもう少しその辺りをきちんと認識した上で表現する必要があるかもしれないと思った次第です。

えふさん
  貴女の文章から、貴女が怒っているとか、気を悪くしているとか感じたことはありません。表現がキツイと感じたことも全くありません。まして「しかりつけられている」などとは全然感じません。ただ、えふさんの言及されたことに自然に自省を促す内容(「たとえば「もし勝間さんが政治家になったら」などと、本人と多少なりとも交流のある人間が言うべきことでは絶対にありませんでした)があって、それについてはえふさんに感謝しているのです。また一般にアメリカでの対話は日本よりはるかに「ストレート」なのでそういう日常で暮らしている僕に日本的感覚ではえふさへの発言にを礼を失していた部分もあったと思い反省したのです。
  これからも率直なご意見を伺えれば幸いです。

山口一男さん、ご丁寧にありがとうございます。

 ちょっと安心しました。
 私も失礼なことを言われていると思ったことはありませんので、ご心配いただきませんように。

 「これからも率直」については、了解しました(笑)。私は、婉曲に言われると意味がわからず困ってしまうことがあるので、私も率直なご意見を伺えると幸いです。

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