図書館の地位を見れば、国民の教育レベルもわかる?その2
(その1からのつづき)
『学力世界一を支えるフィンランドの図書館』(西川馨編著、2008年5月刊)
日本では、図書館の窓口業務を指定管理者にまかせようとする傾向が強くなってきているが、フィンランドではそのような動きはないのだという。関連する箇所を引用しておく。
フィンランド公共図書館の200年の歴史に対して、日本の公共図書館も早や100年を超える歴史があり、あの第二次世界大戦を乗り越え、世界に誇れる憲法をその背景に持っているが、その図書館政策は脆弱で財源の保障はない。国民の教育の基本となる図書館は、国が責任を持ってそのサービスを行うのではなく、自治体まかせで、その地方格差はますます開くばかりである。
図書館の課題というより、フィンランドを実際に見た今、痛切に感じるのは、「国」を運営していく「政府」の質の違い、問題であると気づいた。
フィンランドは、世界一政治家や官僚の汚職が少ないといわれる。間違いなく、無駄なく、国民の血税は、社会保障や文化、教育のために使われると信頼できれば、そして生活の基本である教育・福祉・医療が将来に亘って無料であれば、国民は貯蓄や財テクに走らなくても将来に不安を感じることはなく、心豊かな人生を送ることができる。理念を実現するための財源として、高率の所得税や消費税が有名であるが、決して高くはないだろう(「国民健康保険制度」のないアメリカでは、いったん病気になると破産寸前まで生活そのものが破綻する事実が映画『Sicko』で暴露された)。
国民の半数近くが公務員と言われるフィンランドであるが、「公共サービスを公務員がやるのが当たり前である」と語るフィンランドの図書館員(司書)には、ゆるぎない自信がある。
「民でもやれる」と私が勤務していた市は、図書館に指定管理者制度を導入した。フィンランドのようにポジティブな元気を取り戻すために日本ん図書館を民主主義の知の砦として護り、充実させることが必要であると強く感じた。(48頁)
本書の「第3章 旅の印象」では、フィンランド人の気質を紹介しているが、それが興味深かったので抜き書きしておく。
フィンランド人気質
図書館訪問で知己を得た人々や近所の教会関係者を思い浮かべると、「寡黙でシャイ」といわれるフィンランド人の国民性に納得する。日本人とフィンランド人の共通点として図書館協会の方が挙げてくれたのが、
1 沈黙が気にならない。
2 シンプルなデザインが好き。
3 自然が好き。
私はそれに4つ目として、
4 素材を大切にした料理が好き、
を加えたい。日本人と最も理解しあえる国民性だと言われるが、大いにそう思う。(169頁)
「3つのS」(サウナ・シベリウス・シス)
フィンランドを代表する「3つのS」というのは、フィンランド解説書によく登場する話題だが、今回もこの「3つのS」を見聞することができた。
フィンランドが発祥のサウナ。滞在ホテルすべてと、エストニアに向かう船の中にもあるほどに、普段の生活に組み込まれている。白樺の小枝の束を「振り回して」入浴するサウナはなんだか悪魔祓いのような気もしたが。単純な構造ながらも、瞑想の場所でもあり、コミュニケーションの場所でもある。サウナは単なる入浴施設ではなく、精神的な要素も大きいというのも、日本の温泉と似ている気がする。
2007年はシベリウス没後50周年ということで、各地で記念行事がおこなわれていた。幸運にも私たちはラハティで、シベリウスフェスティバルに参加することができた。会場のシベリウスホールは木とガラスのすっきりとした北欧デザインの建物。ホールは満席で、質の高い演奏も素晴らしかったが、何よりシベリウスゆかりの地で、フィンランド人たちと同じ時間と空間を分かち合うという幸福感に満たされた。
忍耐や精神力、我慢を意味する「シス SISU」は、長い間様々な侵略や支配を受けた歴史から醸成された賜物だと思うが、今世界中から注目されているフィンランドの教育法に反映されているようだ。粘り強く、基礎を重視する教育メソッドが高い評価を受けている。教育の目標は「人間として一番基本的な能力、すなわち、自分で判断できる、自己責任がとれる子どもを育成する」ことである。図書館はこのためにも不可欠と認識されているのだ。(171頁)
以上のようなところが興味深く、私はこれは図書館からフィンランドを眺めるというなかなかおもしろいガイドになっていると思うのだが、いくつか気になる点も挙げておく。
1.図書館業界にいる人にとっては常識である概念が、必ずしも一般には広く知られていないと思うのだが、そういった「業界用語・概念」に対して十分な説明ができているのかどうかという点。
2.たくさんの編著者による分担執筆であるが、そのことがよさでもあると同時に、やや散漫な印象を与えているのではないかという点。
3.この2つのことがおそらく大きな理由となって、装丁などから察する購読対象は一般向けでありながら、実は業界向けの内容になっているのではないかと思われる点。
1つ1つの塊は短いものなので、関心のある部分から読み進めても問題ないし、好きなところだけを読んでも、あるいは眺めてもいいかもしれない。日本の図書館をこのように紹介したものはあるのだろうか。
これは、東京23区にある書店・図書館の所在や連絡先と特徴を解説したユーザー視点のものなのだが、たしかカラー写真などはほとんどないものだったと思う。そして、図書館の蔵書構成の特徴には言及しているものの、建築特性などは守備範囲外だったように思う。そういう意味では、『フィンランドの図書館』とは類書とはいいにくいように思う。
『TOKYO図書館日和』(富沢良子著、2007年5月刊)は、紹介図書館数を絞り、カラー写真も豊富に収録している点で、『フィンランドの図書館』に少し似ているかもしれない。建築としても大変特徴のある図書館も紹介しており、そういう点では類書的ではあるものの、しかし、視点はあくまで利用者からのものなのだ。眺めているだけでも楽しいものだったと思う。
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えふさん
今度の記事もいいですね。フィンランドはつくづく学ぶ価値のある国だと思います。
「教育の目標は『人間として一番基本的な能力、すなわち、自分で判断できる、自己責任がとれる子どもを育成する』ことである」というのは、考えさせられます。学力テストの国際比較でフィンランドが非常に高い国であることは日本の注目を浴びていますが、このことはこの国の教育目標が何処にあるかいうことをあわせて考えると、結果だけを重視する考えに疑問を持つことの十分な理由となります。フィンランドは高校生の25%が将来学校(小・中・高)の先生になりたいと思い、その理由が「次の世代をになう人たちを育成するという重要な仕事だから」ということも、あまり知られていませんが、重要です。学校の教師が良き市民の役割モデルとなっている国なのです。そういう国での教育だからこそ、結果として学習意欲が高くなり、学力も高くなるのです。学力だけを高くしようとする小手先の技術では、育児手当を増やせばよいと考えるような少子化対策同様、ダメなのです。
学習にせよ、子育てにせよ、それが喜びとなる社会を作ることが大切で、そしてそれには自由とともに、自己判断・自己責任が、リスクを勝手に取れといわれるような負担ではなく、それによって社会の良き一員となる手段と、と感じられる社会や制度を作ることが重要です。アメリカでは子育てがコミュニティー参加の機会を大きく増やすことが知られています。日本では自由や自己責任は増えても、結果としてより良い暮らしができることに結びつかず格差だけが増える、おかしな方向に今進んでいます。そんな日本を変えようという呼びかけは、僕もしていきますが。
投稿: 山口一男 | 2008年10月29日 (水) 04時12分
えふさん
自分のコメント読み返して思ったのですが、今回は力みすぎです。もう少し肩の力を抜かないと、と反省しました。「フィンランド」って「フィン人の土地」と言う意味ですよね。日本語では「フィンランド人」といいますが直訳したら「フィン人の土地の人」、一寸変です。
投稿: 山口一男 | 2008年10月30日 (木) 01時53分
山口一男さん
肩こりは、一般に思われているほどには、大したことない症状ではないので、ならないように、あるいはひどくならないように、気をつけたほうがよいかと思っています。したがって、肩には力を入れないことをお薦めします。コメントの内容は、私は好みですけど。
フィンランドの子どものなりたい職業の件、私もそう思います。以前に記事とした『フィンランド 豊かさのメソッド』においても、4章構成のうち、第2章を「学力一位のフィンランド方式~できない子は作らない」(P.43-100)としており、10の節の1つである「教職は人気があり質が高い」(P.60-67)で、そのようなことを取り上げてありました。
そのときの感想には触れませんでしたが、教職人気と養成課程に入るには大変むずかしいことなどが印象に残っています。
フィンランドにあるという「教師は国民のろうそく、暗闇に明かりを照らし人々を導いていく」という言葉に感銘を受けていました(だったら、記事にも書けよ、と自分でも今思いましたが)。
該当部分を「追記」として、下記記事に記しておくことにします。
『フィンランド 豊かさのメソッド』について書いた記事は、↓です。
フィンランドと言えば、シベリウス「フィンランディア」(渋すぎ)。
http://kaerukaeru999qqq.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-405f.html
投稿: えふ | 2008年10月30日 (木) 21時56分