クリスマスねこの森
散歩に出たつもりが、すっかり、迷ってしまいました。ここはどこなんだろう?
えふ:あ、ねこさん!すいません、ねこさん!
ねこ:ん?
え:あ、よかった。さっきから、誰も通りがからないから。
ね:あんた、だれ?
え:あ、はじめまして、えふと言います。
ね:なにしてるの?
え:あ、あの、最初は、散歩していたつもりだったんですが
ね:どうして、ここに来たの?
え:わかりません。迷い込んでしまいました。
ね:……集まりに来たわけではないの?
え:えっ?何かの集まりがあるのですか?
ね:そう。今日だけ。
え:今日だけ?
ね:そう、毎年、今日だけ。
え:ああ、年に1度の大きなイベントのある日なのですね。
ね:そう。今から、行くの。
え:あのう、それは、どういう趣旨の集まりなのですか?
ね:行けば、わかる。
え:そうですか……あの、それは、私も行ってもいいでしょうか。
ね:行けば、わかる。
え:……行き方が、わかりません。
ね:一緒に行けば、わかる。
え:ご一緒しても?
ね:そう。
え:じゃあ、お願いします。
ね:……こっち
え:はい。それにしても、ここは立派な森ですねぇ。うちの近所に森なんて、あったっけ?ここは、なんという森ですか?
ね:クリスマスねこの森
え:?クリスマスねこの森、ですか?
ね:そう。
え:へぇぇ、そんな名前の森があるとは、初めて知りました。
ね:いつもは、ない。
え:え?いつもは、ないんですか?
ね:そう。
え:あ!これも、年に1度?
ね:そう。
え:そうか、だから、関係者しか知らないのですね?
ね:そう。
え:あっ!ねこさん!あそこ!
ね:ん?
え:あの、向こうの木の陰のところに、毛皮を洗濯中のねこさんの姿が見えました。
ね:あ…
え:あ…、あ、でも、見ていません。いや、見ましたけど、あの、内緒だってことは知っていますから。
ね:そう。
え:はい、あの、誰にも言いません。
ね:そう。
え:はい、お約束します。でも、ねこさん方が季節の変わり目に毛皮をクリーニングに出されることは知っていたのですが、毛皮クリーニング中の、脱いだねこさんのお姿は、初めて見ました。
ね:それは、ルールがあって…
え:はい、存じています。
ね:そう。
え:はい。だから、秘密ですよね?
ね:そう。
え:大丈夫です。それにしても、本当に、あんな風に脱げるんですね。
ね:……
え:あの、ねこさんも、脱げるんですよね?
ね:そうだけど
え:ふ~ん……
ね:想像しないで
え:ん、すみません。想像していました。
ね:やめれ~!
え:あ、あそこ!あの、白い花の咲いている木の陰のところ!
ね:ん?
え:あれは、「ロバの耳袋」では?
ね:「ロバの耳袋」?
え:はい、おかしいな。なぜ、こんなところに落ちているんだろう。
ね:それは、なに?
え:ええと、「ロバの耳袋」はですね……、ねこさんには、誰にも言ってはいけない秘密を打ち明けられたり、偶然知ってしまったときに、胸や頭がいっぱいになってしまって、でも、誰にも言えないし、どうしようと思って、ぐるぐるすることはありませんか?
ね:……ない。
え:あ、そうですか……。じゃあ、そういう人もいるってことで、聞いてください。人や他の生き物の悩みや苦しみを聞く機会に多く恵まれると、そして、そのことを誰にも言わないで、自分の心のなかだけにとどめようとすると、ときどき、いっぱいいっぱいになるときがあるわけです。
ね:ふ~ん
え:そういうとき、多くの人は、「これは、誰にも言わないでね。秘密だけど…」と、他の誰かにしゃべってしまうことも多いんですが
ね:それ、ダメじゃん。
え:いや、まぁ、そうなんですけど、でも、それくらい、「誰にも言わない」ってことはむずかしいということかと思うんですよ。
ね:ふ~ん、ねこだから、よくわからない。
え:そうか、ねこさんですもんね。あ、それで、それでも、自分の気持ちが軽くなるために、他の誰かに秘密をしゃべってしまうことに罪悪感を覚える人だって、結構いるわけで
ね:うんうん
え:そういうときに、この、「ロバの耳袋」を利用するわけですよ。童話『王様の耳はロバの耳』に着想を得て開発されたものなんですが。
ね:ふ~ん、どうやって使うの?
え:「ロバの耳袋」は、巾着状の袋なのですが、素材は山羊の皮でできています。
ね:ロバの皮でなくて、いいの?
え:はい、素材は入手しやすい皮にならざるをえず。紐の部分はピッグスキンなんですけどね。でも、最初はふつうの革袋なんですよ。
ね:うんうん
え:巾着状の袋ができたら、干します。
ね:干す?
え:はい、いや、もともと乾いているんですけど、木に吊るす、というか、ね。
ね:なんで?
え:そうすることで、初めて「ロバの耳袋」としての、効力を発揮するようになるからです。
ね:?
え:わかりにくかったですね、すみません。ええと、「ロバの耳袋」は、人から聞いた秘密や、そのためにいっぱいになってしまった気持ちを吐き出すために、使う道具なんです。
ね:秘密を入れておくの?
え:そうです。だから、出された秘密や気持ちが袋から漏れてしまっては、大変なことになります。
ね:そうか
え:はい、したがって、縫製がしっかりしているだけではダメで、そこに、魔法をかけて、少しも漏れのない袋として完成させなければならない、というわけです。
ね:ふ~ん
え:ただ、「ロバの耳袋」が商品化された噂は聞いていたのですが、こんなところで作られていたとは、知りませんでした。
ね:使ったこと、ないの?
え:私ですか?はい、今までは、自分の心のうちにとどめておくだけで、なんとか、なっていたので。
ね:そう。
え:他の人に言うことは、なかなかできないですから。
ね:「ロバの耳袋」、使ったら?
え:そうですねぇ。いざ、というときのために、ひとつ、持っておこうかなぁ。
ね:あ、時間が
え:えっ?あ、集会の時間に遅れそうですか?
ね:そろそろ、先に行ったほうが
え:そうでしたか。では、「ロバの耳袋」は、また次の機会に求めることにします。
ね:そう。
え:はい。
ね:じゃあ、こっち
え:はい。……あっ!ねこさん、あそこ、見てください!
ね:ん?
え:あの、背の高いこんもりした木ですよ。いろいろ、何かがつり下がってる。
ね:あ…
え:あ、近づいたら、ねこさんの毛皮じゃないですか?いろんな色と柄のがある。
ね:あの…
え:あ、この黒と茶色の縞のやつ、これが、私は一番好きですねぇ。
ね:あの…
え:あ、灰色と黒の縞のもある。これも、結構好きだけど、なかなか、縞のねこさんのなかで、この色合いの方にはお会いする機会が少なくって。
ね:あの…
え:たしか、サバ猫って言われたりするんですよね?魚のサバの色柄にちょっと似ているから。
ね:あの……
え:あ、ここは、ねこさん専用の毛皮クリーニング店の、店先なんですか?
ね:いえ、店先ではなくて、実際にクリーニングを行う作業場。
え:ああ、そうか
ね:だって、誰にも見られたら、ダメだし…
え:そうか、そうですよね。こんなの、見れるってわかったら、私なんか、いつもここを通りがかりますよ。
ね:それに、盗まれでもしたら…
え:そうか。ひとつくらい拝借しても、と思われないとも、限りませんものね。
ね:人間には、ひとつくらい、でも
え:ああ、ねこさんには、ひとつしかない、大切な毛皮ですもんね。
ね:そう、なくなると
え:寒い?
ね:いや、寒いだけでなく
え:見た目がおかしい?
ね:おかしいのもあるけど、
え:ああ、普段の生活に
ね:戻れなくなっちゃうから
え:そうか。それは、大変なことですね。
ね:毛皮がここに干してあることは、くれぐれも
え:はい、もちろんです。誰にも言いませんよ。
ね:「ロバの耳袋」には?
え:あ、はい、「ロバの耳袋」にも、言いません。
ね:ほんとう?
え:はい、本当です。
ね:そう。
え:はい、でも、「ロバの耳袋」は、十分な品質管理がなされており、出荷されたものについては、機密性は保証つきですよ。
ね:でも
え:はい、誰にも、「ロバの耳袋」にも言いませんから、安心してください。
ね:そう。あ、時間が
え:そうでしたね。いろいろと、見たことのない、おもしろいものがあるから、つい、立ち止まってしまいますね。行きましょう。
ね:うん。
え:あ、ねこさん、あそこを見てください。
ね:どこ?
え:あの、しげみの向こうのところです。
ね:池がある?
え:はい、蓮の花のようなのが見えますが。
ね:そう、あれは、蓮。
え:これは、大賀蓮ではないでしょうか、濃いピンクの花の咲く。あれれ、花もつぼみもありますね。でも、おかしいなぁ、この蓮は夏に咲くはずなのに。
ね:ここでは、そういうことは関係ない。
え:そうか、ここは、違うのか。
ね:そう。
え:蓮の花は好きなので、ちょっと観ていてもいいですか?
ね:うん、あんまり、時間がないけど、少しなら。
え:あ、今にも咲きそうなつぼみがある。でも、こんな時間に咲くなんて
ね:ここでは、そういうことは関係ない。
え:そうか。時間も関係ないのか。
ね:そう。
え:もう少しで開きそうですね。
ね:うん
え:あ、
ね:「ポンッ」って、言った
え:今、開いたんですね。
ね:うん
え:何か、出てきました
ね:なに?
え:なんだろう。あ、みぃ~って言った。
ね:ああ、ねこが産まれたとこだ
え:えっ?ねこさんが?産まれたんですか?
ね:そう。
え:蓮から?
ね:そう。
え:ねこさんは、お母さんねこから産まれるものだと、てっきり
ね:そういうときもある。
え:そうですか。でも、蓮から産まれるときもあると?
ね:そう。
え:そうだったんですね。知りませんでした。
ね:特別なねこだけが、ときどき蓮から産まれるの。
え:そうですかぁ。いやあ、驚きました。
ね:そう?
え:はい、それで、特別なねこさんは、どういうお方なのですか?
ね:見た目は、ふつうのねこと同じで
え:うんうん
ね:鳴き声も、ふつうのねこと同じで
え:うんうん
ね:様子や動きも、ふつうのねこと同じで
え:うんうん
ね:だいたい、ふつうのねこと同じ
え:……じゃあ、何が特別なのですか?
ね:それは、相手によって違うの。
え:相手によって?
ね:そう。
え:どういう意味ですか?
ね:その相手が求めるものによって、特別さが違ってくるの。
え:ああ、では、同じ特別なねこさんでも、その特別さは、その相手や状況と関係性によって現れ方が違う、ということなのですか?
ね:そう。
え:ふうん…
ね:人間と話ができるねこもいれば
え:ええ、
ね:そこに居るだけで、
え:人間や他の生き物に、やすらぎを与えることもできる?
ね:そう。
え:じゃあ、ねこさんも、蓮から産まれたのですか?
ね:そう。
え:じゃあ、今は、私がもとめる特別さを発揮してくださっているのですね?
ね:そう。
え:そうだったのか。ありがとう。
ね:……
え:でも、それは、どういう特別さ、なのですか?
ね:それはね、
え:うんうん、
ね:自分で考えることなの。
え:う、そうですか…、そうですよね。
ね:そう。
え:そうか。
ね:そう。
え:う~ん、わかんないよう。
ね:そういうルールなの。
え:え、ああ、それも、ねこさん業界のルールなのですか?
ね:そう。
え:そうか、じゃあ、わからなくても、教えてもらうわけにはいかないのですね。
ね:そう。
え:…気になるけど、でも、自分でよく考えてみますね。
ね:うん、あ、時間が
え:ああ、急ぎましょうか。
ね:うん、こっち
え:そうか、じゃあ、今日、散歩に出たつもりで、今、ねこさんと一緒に歩いているのも、何か、私が求めている特別なことと、関係があるのですね。
ね:そう。
え:そうか、なんだろうなぁ……あ、向こうに大きなクリスマスツリーが見えますよ。
ね:そう。あれが目印。
え:じゃあ、もうすぐ、到着なのですね?
ね:そう。
え:クリスマス・パーティなのですか?
ね:……
え:ねこさん、そろそろ、教えてくださいよ。
ね:もうすぐ、わかるから。
え:そうですか。あ、そうだ、ここまで、連れてきてくださってありがとう。いろいろおもしろいものや景色を見ることができて、とても楽しかったです。
ね:そう。よかった。
え:あれ?赤さん?
赤さん:あれ、えふしゃん!
え:赤さんではありませんか!
赤:奇遇でちゅねぇ。
え:赤さんは、どうして、こんなところに?
赤:それは、今日がクリスマスねこの森の集会だからでちゅ。
え:赤さんも、「関係者」なのですか?
赤:そうでちゅ。
え:ああ、それは、よかった。これは、どういう集まりなのですか?
赤:えふしゃんは、ちらないで、ここに来たのでちゅか?
え:はい、お恥ずかしいのですが、散歩に出たと思ったら、道に迷ってしまい。通りすがったねこさんに、ここまで案内してきてもらいましたが。
赤:そのねこさんは?
え:あれ?今、一緒に来たんですけど。ねこさん?
赤:いまちぇんよ。
え:おかしいなぁ…さっきまで、お話していたんですけどね。
赤:本当でちゅか?
え:はい。
赤:おかちいでちゅね。もう、いまちぇんね。
え:はい。連れてきてはもらったけど、ここで、どうすればいいのか、わかりません。
赤:向こうに見える、クリチュマチュチュリーに、短冊を干ちゅんでちゅよ。
え:え?クリスマスツリーに短冊ですか?
赤:そうでちゅ。
え:それは、クリスマスと七夕の混同では?
赤:そうなんでちゅが、季節感も間違っているし、おかちいでしゅが、でも、ここでは、そういうことになっているのでしゅ。
え:そうですか。冬のはずなのに、たいして寒くもないですしね。
赤:えふしゃんも、短冊に書いて、あの木に干すといいでちゅよ。
え:赤さんは、何を書いたのですか?
赤:あたちは、短冊に「あたちのお母さんが無事に出産できますように」と書きまちた。
え:あ、そうですね。それが、一番ですね。
赤:はい。
え:私はどうしようかなぁ。
赤:なんでも、いいんでちゅよ。
え:そうですか。じゃあ、「気を確かに持って暮らす」とかは、どうでしょうか?最近、ぼんやりしているから
赤:それは、こころざちが低いでちゅ。
え:そうですよね、もうちょっと高い志を抱かないと、いけませんねぇ。
赤:はい。
え:じゃあ、「世界人類が平和で健康でありますように」ってのは、どうでしょうか?
赤:こころざちは高いでちゅが、ありきたりでちゅ。それに、どこかで聞いたことがあるような気もするし、オリジナリチィがありまちぇんね。
え:赤さん、厳しい批評ですね。おっしゃるとおりですが。
赤:あたちは、鋭いのでちゅ。
え:ええ、そうですね。じゃあ、困ったなぁ。
赤:なんでも、いいんでちゅよ。
え:いや、赤さん、お言葉ですが、さっきから、ダメ出しが続いていますが。
赤:「なんでも、いい」には、前提に隠れた期待水準が入り込んでいるのでちゅ。
え:そうですよね。なんでもいいが、なんでもいいわけではない、ってことは、よくあることですね。
赤:そうでしゅ。言葉どおりに受け取ると、間違ったことになることもありまちゅ。
え:ええ、でも、赤さん、その年齢で、そんなことまでおわかりだとは、さすがですね。
赤:公的機関に出かけたりちて、学びまちた。
え:……
赤:短冊を書いたら、そろそろ、みんながいるところに行きまちょう。
え:はい、じゃあ、「今年の縁が来年以降も続きますように」にします。
赤:やや抽象的でちゅね。
え:はい。でも、赤さんとの出会いも今年でしたし、ねこさん方や他の生き物との出会いもありましたし。
赤:あたちは、来年も、あたちたち世代の将来のためにも、がんばっていきまちゅ。
え:そうですね。また、ときどきお話を聞かせてください。
赤:もちろんでちゅ。あと、もう少し大きくなります、からだも。
え:そうですね。だけど、こないだよりも、少し大きくなられませんか?
赤:本当でちゅか?最近は、夜はできるだけ早めに寝るようにちていましゅ。
え:その効果があったのかもしれないですね。
赤:うれちいでちゅ。
え:では、行きましょうか。
赤:はい、こっちでちゅ。
え:どんな集まりなんですか?
赤:行けば、わかりまちゅから。
え:そうですね。あ、赤さん、足もとに気をつけて。あれ、向こうに、鳥の羽根のついた帽子をかぶってブーツをはいたねこさんがおられるようです。
赤:レッサーパンダの風太くんも来ているはずでちゅ。
え:そうですか。あれ、見たことのある生き物たちがたくさんおられるようです。
赤:あたりまえでちゅ。
え:えっ?あたりまえなのですか?
赤:はい、もうすぐでちゅから。
え:あ、赤さん、足もとに気をつけて。
赤:えふしゃんこそ、気をつけて。こないだ、壁から出っ張っている柱にぶつかっているのを見まちたよ。
え:え?見ていたんですか?あれは痛かったです。もう、声をかけてくれればいいのに。
赤:ちりまちぇん!
え:赤さん、どうしたんですか?待ってくださいよ。走ると転びますよ。待って~。
クリスマスねこの森の集会は、その夜盛大に行われました。が、詳細は、「ルール」により、お知らせすることができないのでした。残念。
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