鉄分が必要だ。海にも。そして、私にも。
酸素がないと生きられませんが、からだに酸素を運ぶためには血液中に鉄分が必要です。赤血球中に鉄分がある一定量以上含まれないと、十分な酸素の供給がなされず、疲れやすいとかエネルギッシュさに欠けるとか、いろいろ問題が出ることが判明しています。理論的には、からだから鉄分が無くなると、生きてはいられないはずです。まぁ、その前にふつうには暮らせなくなっているはずなので、気が付くはずですが。
そんなわけで、人体には鉄分が不可欠ですが、多くの人はそういうことは意識せずに暮らしておられます。鉄が足りない人(=私)ですら、そのことに気がつかずに生きていることも可能ですから(ダメじゃん)。
いや、だから、最近は反省しつついるわけですけども、そういう私に鉄の重要性を十分に認識させてくれる本を読みました。畠山重篤さんの一連の書籍と、松永勝彦さんの著書です。
畠山さんは、気仙沼で牡蠣養殖業を中心に営まれている漁師さんでありましたが、1989年より森林の環境整備を進める運動も推進し各地に広げてこられている方です。
「森は海の恋人」がその活動の標語なのですが、その趣旨は、森の広葉樹が落とす葉が腐葉土となり、そこからフミン酸とフルボ酸が溶け出します。フミン酸は、粒子で存在する鉄を鉄イオンに変え、フルボ酸は鉄イオンと結びついてフルボ酸鉄という物質に変わるのだそうです。フルボ酸鉄は安定的な物質で、この形で雨水などに混ざって川を流れ、海まで届くのですが、そこで植物プランクトンに取り込まれて増殖するのに必要なリンや窒素を利用できるようになるのだそうです。つまり、先に鉄分が植物プランクトンの体内にとりこまれていなければ、いくらその環境に栄養素であるリンや窒素が豊富でも、使えないということになるわけです。
植物プランクトンの細胞膜を鉄粒子や鉄イオンが酸素と結び付いた酸化鉄は通過することができず、体内に取り込めないため、いくら鉄分がそこらにあってもダメなのでした。したがって、フルボ酸鉄の状態で海まで流れ込むことが大変重要になってくるわけです。それがないと、植物プランクトンは栄養を取りこめず、死んでしまうことになります。
海において、植物プランクトンが重要なのは、食物連鎖における出発点になるからだと言えます。つまり、植物プランクトンを動物プランクトンやその他の小さめの生き物が食べることで、次の大きめの生き物の餌となり、さらにより大きめの生き物の餌となり…となって、人間が漁によって捕獲するような魚や貝類などが生産されるのです。
海に、植物プランクトンが利用できるような形で鉄分が供給され続けることが、海の生き物にとっても、漁師さんにとっても、そして、海産物をいただく私たちにとっても非常に重要なことがわかります。
さらに、海にフルボ酸鉄を供給するためには、川の上流にある山にバクテリアによって分解されてフミン酸とフルボ酸を産生する広葉樹の葉が必要だということもわかります。針葉樹ではダメなのです。広葉樹の葉が鍵になっているようです。ということは、論理的帰結としては、海に流れ込む川の上流にある山に広葉樹があり、その広葉樹が秋になると葉っぱを落として、落とした葉っぱを分解するバクテリアがその辺に棲んでおられ、分解活動にまい進し、フミン酸とフルボ酸を作る。そこに、雨が降ってきて、その雨水にフルボ酸鉄が運ばれて川を介して海までつながっていく、という一連の流れが必要だということになりますね。
そんなわけで、海の生産者が山に広葉樹を植えることが大切だと気がつき、実際に植林活動をはじめたのが1989年だそうです。丸20年になります。
この辺りの経緯は、『森は海の恋人』に詳しいです。
私はこの「海の環境のために、山に広葉樹を植える」という話は、以前に聞いたことがあって知っていました。20年もすでに歴史があるので、当然と言えばそうかもしれませんが。何巻かは忘れたのですが、食事や食材、食文化についてあれこれと知識を提供してくれるコミック『美味しんぼ』です。これも、いろいろな経緯からすでに25年くらいのつきあいがあります。もしかすると、この話のなかに、畠山さんも出ていらしたのかも。ちょっと覚えていませんが。
『鉄が地球温暖化を防ぐ』(畠山重篤著、2008年6月刊)
それで、私がより関心をもったのは、鉄が海の生き物にとって必要不可欠な元素であるということだけでなく、より広く環境全体にとっても大きな役割を果たしていることを知ったからです。
本書は、同じく畠山さんの著書なのですけども、鉄の元素としての少し変わった特性から、生き物に与えている恩恵について詳しく書かれています。
具体的には、上述したフルボ酸鉄のことなどです。これは、『森は海の恋人』にはそこまで詳しくは書かれていなかったと思います。さらには、タイトルにあるように地球温暖化に対しても、鉄が寄与するというのです。それは、温暖化の原因物質だとされる大気中にある二酸化炭素を植物に吸収させることで、大気中外へと固定させようという試みのようです。陸上の森林面積の減少も大気中の二酸化炭素増加の原因のひとつとされていますが、海域でも「森」を生成すれば海の中に二酸化炭素をとどめることができるのではないかと考えるようです。
これは、4冊目に出てくる松永さんの理論で、「もし、北海道の面積の二〇~三〇パーセントの広さに相当する海域を利用し、コンプを繁茂させれば、日本で放出する二酸化炭素の五〇パーセント程度を固定できることになる」のだそうです。
コンブにしろ、その他の海藻や植物プランクトンにしろ、海中の植物を繁茂させるためには、鉄が必要だということに違いはありません。海のなかに、いろいろな海藻の森ができていても、陸上に住んでいる人たちには邪魔になったりはしないはずですので、こういうことは積極的に進むよう、応援してもよいのではないでしょうか。コンブは食べることもできますし。
本書には、この鉄を使った環境への取り組みがいくつか紹介されており、実際に効果をあげているようです。畠山さんの著書のなかでは、最新ですから、関心があれば、ぜひ読んでみてください。
『牡蠣礼賛』(畠山重篤著、2006年11月刊)
次に、本書は、タイトルのとおり、牡蠣を礼賛されているものです。一連の著作のなかでは(全部を読破したわけではないのですけども)、より牡蠣の生態や種類、味や牡蠣に関する食文化について書かれたものと言えます。信じられないほど行動力のおありの畠山さんは、牡蠣のことでアメリカに行き、フランスに行き、中国にも行きと本当に世界中を飛び回っておられます。これも、牡蠣を食べることが可能にしているのでしょうか。
『漁師が山に木を植える理由』(松永勝彦、畠山重篤著、1999年)
こちらは、対談本です。ところどころ、そうでない部分もあるのですけど。松永勝彦さんは、森と海のつながりについて、研究者としての立場から研究し、函館に「どんぐりを植える会」を作り、畠山さんと同様の広葉樹を植える活動をなさってもいる方です。
畠山さんの漁師としての直感から、山に広葉樹を植える必要を悟られたのに対し、松永さんはあくまで調査や理論的な研究から、そのことを提唱なさっています。
対談本好きな私にとっては、読みやすくもあり、そういう点もお薦めなのですが、松永さんが社会に対する提言を大変明確におっしゃっていることやある種の自負をもっていらっしゃるところに感銘を受けました。
陸上の砂漠化の問題は、もう20年以上言われているような気がしますが(専門的にはもっと長いのでしょうけど)、海の砂漠化の話はあまりポピュラーな環境問題として語られていないような気がします。サンゴの死滅とか白化現象などは見たことがありますけども。その理由が鉄だとか、上流の環境とのかかわりなどが、さほど認識されず、管轄が縦割りであることが問題だと指摘されているのですが、これは、このことに限ったことではなく、いろいろなところに見られることですね。
久々に生物とか化学の科目のことを思い出しておもしろかったです。
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