『ジェンダー主流化と雇用戦略―ヨーロッパ諸国の事例』(ユテ ベーニング (編集), 高木 郁朗 (編集), アンパロ・セラーノ パスキュアル (編集), 麻生 裕子 (編集), Ute Behning (原著), Amparo Serrano Pascual (原著) 、原著2001年、邦訳2003年刊)
本書は、Gender Mainstreaming in the European Employment Strategyの邦訳です。サブタイトルに「ヨーロッパ諸国」とあるように、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、オランダ、ドイツ、オーストリア、ルクセンブルク、フランス、イギリス、スペイン、イタリア、イギリスの12ヶ国のケースについて書かれています。
ここでは、全体ではなく、最近気になっているフィンランドについて書いておきましょう。
なぜフィンランドが気になるかですけども、まぁ、昔から気になると言えば気になるし、最近では、いくつかの書籍を読んだところ、大変な不況を乗り切って現在の状態になったらしいとわかったからでしょうか。つまり、気になるポイントは、どのようにして、その不況を乗り切ったのかということであり、かつ、なぜ男女平等をかなりの程度実現しているか、という点にあるわけです。
フィンランドの女性がとくに高い比率で有給労働に参加してきた理由としては、さまざまな要素のなかで、フィンランド文化と経済の要素があげられる。たとえば、フィンランドの歴史的に遅れ、かつ急速な工業化と農業型共働きモデルから産業社会型・脱産業社会型の労働モデルへの転換、あるいは男性の「パン稼ぎ」型モデルが実際にはフィンランドでは根をおろさなかったという事実などがそれである。他の重要な要素としては、女性が男性と同レベルの教育を受けてきたことである。今日では、フィンランドの労働生活に参加している女性は男性の同僚よりも高度な教育を受けている。(75頁)
1997年に発表されている論文によれば、フィンランドの女性労働においては、「時間のプレッシャー」が増大しているとのことでした。「自分の仕事をこなすのに十分な時間があるか」とか「時間のプレッシャーのもとでしなければならない仕事が何時間ぐらいあるか」といった質問から考えると、仕事量が多いのに使える時間はあまりない、ということだったのでしょうか。まぁ、もう10年以上前になるので、現在の状況はどうだかよくわかりませんけども。この時点では、「労働生活の質」調査から得られるもっとも明確な変化として出現してきた特徴だったそうです。
「巻き返しを防止する」との項では、2つの「巻き返し」について触れられています。文脈から、「巻き返し」とはおそらく、反動というか逆流みたいなことかと思います。1つは、職業技能をどのように定義し、評価するかということ。女性が高い教育を受けている現状でも、「教育の価値が低く評価されること」もあり、どのようにして、「女性の労働の質と量を測定するかをめぐって熾烈なたたかい」が必要だそうです。もう1つは、福祉国家が疑問視されていること。とくに、「保健・医療分野においては、要員の削減に悩み、従業員は疲労困憊するようになっている」事態は、効率を増進するようで、「結局は効率を低下させてしまう」のだと。フィンランドでも、ケア専門職は女性が多い職域のようですから、「十分な資源さえ確保されれば、女性の地位が改善されることは明らか」だと言っています。
これら2点は、現在の日本の状況と非常に似ているのではないでしょうか。介護職・看護職が足りないこと、それは、労働条件や待遇の悪さが大きな要因となっていること。そして、「ケア」が極端な言い方をすれば、誰でもできることだと見なされているところ。女性に偏りがちなこと。それが待遇改善を遅らせてしまっていることなど。
最終節「ジェンダー主流化」では、「背景」「ジェンダー主流化の方策」「男女間格差ととりくむ」「仕事と家族生活の両立」「仕事への復帰を容易にする」「ジェンダー主流化の影響の評価」について書かれています。
「背景」で興味深いところを抜粋しておきます。
フィンランドの福祉国家モデルは、女性にたいして職を提供し、両親が揃って仕事のために家庭の外に出ることを認めている。合理的な価格での保育、高齢者にたいする介護、それに学校給食制度はすべて、両親が仕事のために一日外出することができることを意味する。法律は、学齢に達しないすべての子どもにたいして社会が補助をおこない、合理的な価格で提供される保育所を保障している。3歳未満の場合には、オプションとして国が助成する家庭内保育もある。義務教育から後期中等教育期にあたる生徒・児童にたいしては学校での昼食が提供される。高齢者への介護は社会のバックアップのもとに組織され、仕事のために外へ出ることを可能としている。女性たちは仕事に熱情をもっており、勉学と職業資格の取得に励んできた。女性たちがこのようにできたのは、保育と高齢者の介護が何十年にもわたってしだいに改善されてきいたためである。(84頁)
「ジェンダー主流化の方策」では、ジェンダー統計の重要性について書いてあるのですが、1998年に初めて生みだされたという「平等バロメーター」のことが気になります。あまり詳しく書いてはないのですが、おそらく、ジェンダー統計をきちんと取ることだけでなく、「男女間の平等指標を発展させ、教育、訓練と職業生活、稼得所得の男女間の内訳の説明、各種のサービス、社会参加、意思決定、健康状態、犯罪についての内訳の説明と利用可能性、年少の子どもと家族が働く女性に及ぼす影響、家族休暇の男性の利用の影響を示すようにしている。」
「仕事と家族生活の両立」でも、以下の点が、日本の状況と似ているように思いました。
法律は男女双方にたいして親休暇とケア休暇を取得する平等の機会を与えており、また育児の観点から短時間の労働をおこなう機会を認めている。実際には休暇の権利は主として母親によって利用されており、その結果、職場を離れる場合の給付の負担は大きな比率で女性が支配的な分野の経営者が負っており、その結果、労働市場における女性の地位を引き下げることにもなっている。(86頁)
以下の一文は、おもしろいですね。日本の場合は、親族のアンペイドワークが得られる場合は女性は仕事をし続けられるが、得られない場合は、辞めざるを得ないような気がします。保育所に入れず、かつ、親族のアンペイドワークが得られなかったために、辞めることになった人はかなり多いのではないかという気がします。データを確認したわけではなく、印象ですけども。
フィンランドの労働市場参加率は高く、大半の人びとはフルタイムで働いているから、親族のアンペイドワークでこの需要に答える潜在能力はほとんどない。(87頁)
以上、なかなか興味深いものでした。最後の辺りで、ジェンダー統計の必要性や重要性が強調されているのですが、著者の肩書を見たら、フィンランド統計局労働研究部長でした。学術博士でもあるようです。こういう人がこういう職に就くことは重要ですね。でも、より重要なのは、こういう人をこういう職につけようと判断する人の判断なのでしょうけども。
2008年12月22日付朝日新聞夕刊(ここ)でも、フィンランドの「底力」について、書かれています。
歌田明弘の『地球村の事件簿』に「高福祉こそが経済競争力を生む――北欧社会の「逆転の発想」」(2008.8.22)(ここ)というのを見つけました。タイトルどおりの内容なのですが、ここで紹介されているレポートに大変興味を持ちました。「悪循環に陥っている日本を救う北欧モデル」(2008.8.29)(ここ)でも「北欧モデル」について触れられています。
歌田さんがお書きになっているような失業のイメージを私も抱いていました。つまり、いったん失業してしまうと、それから脱するのは大変時間のかかることなのではないか、と。日本では実際に失業してから次の職に就くまでの時間が長いのですね。「北欧モデル」の国(フィンランド、スウェーデン、デンマーク)では、失業しても比較的容易に次の仕事を見つけられるようです。その辺りの事情の違いが、失業に対する恐れや忌避感の違いにつながっているのような気がします。
「北欧モデル」について書かれた報告書は、『The Nordic ModelーEmbracing globalization and sharing risks』(フィンランド経済研究所のレポート『北欧モデル――グローバリズムを受け入れ、リスクを共有する』)と題されたものです。2007年12月4日付ヘルシンキが発行地で、PDFで全文公開(ここ)されています。英文ですが。
The Nordic group is in our case limited to Finland,
Denmark and Sweden, as Norway and Iceland would deserve special treatment due to their non-membership of the EU and their high reliance on oil and fishing respectively.
これがこのレポートが「北欧モデル」とする国についての説明です。結局、さして地下資源および水産資源に恵まれない国での方法論として、日本が学べるところが非常に大きいのではないか、と思います。
そうは言いつつも、報告書は167頁もあるので、ちょっと全体をざっと見るのは私にはむずかしいのですが(日本語なら見れるけど)。
何か感想でも書こうかと思いましたが、時間切れにて、こんな報告書があるよ、と紹介するだけに留めます。
本日の結論としましては、「タイトルに対応するような答えは見つからず」ですね。悪しからずご了承ください。
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