DVへの対処には男女差が見られるようです。
ここでいただいたコメントへの回答になっています。
DVによる殺人では、男性も女性も被害者・加害者になりうるわけですが、日本の統計であれば、「暴行」と「傷害」も合わせて見ることが重要と思われます。
下図は『男女共同参画白書 平成20年版』(ここ)が出典です。
(配偶者間における暴力の被害者の多くは女性)
警察庁の統計によると,平成19年中に検挙した配偶者(内縁関係を含む。)間における殺人,傷害,暴行は2,471件,そのうち2,232件(90.3%)は女性が被害者となった事件である。
女性が被害者となった割合は,殺人は192件中107件(55.7%)と,やや低くなっているが,傷害は1,346件中1,255件(93.2%),暴行は933件中870件(93.2%),とそれぞれ高い割合になっており,配偶者間における暴力の被害者は多くの場合女性である
ことが明らかになっている3(第1-4-3図)。
これは必ずしも日本の場合に限らないのですが、DVによる殺人の場合、男性が女性を殺す場合、女性が男性を殺す場合の割合は、男性が女性を「暴行」したと検挙される場合、男性が女性を「傷害」したと検挙される場合に比較して、さほどの差異がみられないことが特徴と言えると思います。
これは、女性が男性に仕返しするなり、このままでは自分が殺されると思いつめて、殺害を決意した場合、相手が起きているときに真正面から向かっていくと、自分が殺されてしまう可能性が高いために、寝ているときなどに実行することが多いからであり、男性の場合は暴行・傷害の果てに殺人に至ってしまうことはあっても、まずは殺すつもりをもたなくとも十分に女性を痛めつけることができるため、と説明されます。
上図の3つ(殺人、暴行、傷害)件数の推移をみると、殺人にはさほど変化が見られないにもかかわらず、暴行・傷害は大変増えています。これは、実際に起こっている件数が増えたのではなく、警察・検察が検挙すべきと思うケースの範囲を広げたためと解釈するほうが妥当と思われます。DV防止法の効果とも言えると思います。それまでは、相当ひどい暴力も「夫婦喧嘩」と解釈され、誰も助けてくれなかったということなのでしょう。
日本では、DVは「配偶者間」(事実婚は含むと解釈)とかなり限定されますので、交際相手間のことは計上しないと思われます。「交際相手」の定義すら、あやふやですが、この定義については諸外国も苦慮しているようです。
離婚すると配偶者からはずれるために、DV法の適用をはずれるというおかしな解釈がありましたが、さすがに2度の改正を経て、対応範囲に入りました。交際相手の場合も、一時保護はなされますが、この場合は、DV法の適用ではなく、売春防止法を適用することになるようです。
いずれにせよ、助けを求める人が命の危険にさらされずに、適切な支援が受けられることが大切ですが、法律上の概念と、「親密な関係」における暴力も含めたダイナミクスの理解が、齟齬をきたしている例であり、もう少し被害の現実に柔軟な法のあり方というものが求められているのではないかと思います。
『地図でみる世界の女性』によれば、全殺人件数のうち女性が被害者になっており、加害者はパートナーということが、世界中でもっとずっと高い割合で起こっていることがわかります。
« だんだん飽きてきましたが。 | トップページ | 力量のある脚本家、もとめられています? »
「社会のしくみを学習。」カテゴリの記事
- 映画「グリーンブック」(2019.03.26)
- a stay-at-home parent は「手伝う」ではありません。(2018.06.22)
- 「国立大学の潰し方 (7つの行程)」が秀逸なので、紹介。(2018.06.17)
- 原爆の日(2017.08.06)
えふさん
僕の質問に対する返答をこのような懇切丁寧な記事の形でいただき、感謝いたします。障害・暴行と殺人の場合の違いは、考えさせられるものがあります。一箇所だけ、「交際相手の場合も、一時保護はなされますが、この場合は、DV法の適用ではなく、売春防止法を適用することになるようです」というところは、売春防止法をどう適応するのかが、わかりませんでした。
投稿: 山口一男 | 2009年4月16日 (木) 00時10分
山口一男さん
ご質問ありがとうございます。
DV防止法では、定義上、保護の対象は「配偶者」(事実婚は含まれる)なので、交際相手は含まれません。一時保護は、DV防止法を適用するものと、売春防止法を適用するものとがあり、DV防止法を適用できない場合は、売春防止法を適用したことにするというような対応のようです。
で、適用なのですが、たとえば、ここのサイト
http://www.pref.saitama.lg.jp/A03/BD00/gyakutai-tebiki/6-1-1.html
などに「要保護女子」の定義があります。ここには、
(ア) 配偶者(事実婚を含む)からの暴力をうけた者
がありますが、これは、DV防止法の範囲になり、交際相手を含みません。
次に、
(イ) 家庭環境の破綻、生活の困窮等、正常な生活を営む上で困難な問題があり、その問題の解決すべき機関が他にないため、現に保護、援助を必要とする状態にあると認められる者
がありますが、こちらを交際相手からの暴力に遭っている女性(一時保護所に入る緊急性があると判断した場合)と解釈するのだと思われます。
私が記事で書いたことの意味は、このようなことです。
お答えになっているのかどうか、やや自信がありませんが。
投稿: えふ | 2009年4月18日 (土) 00時03分
えふさん
ご返答感謝します。「要保護女子」の解釈を拡大適用しているようですが、売春防止法のどこを読んでも、売春にかかわること以外の規定があるようには思えないので、「気持ちが悪い」です。きちんとDV法を改正するなり、新しい法を作るなりして対応して欲しいですね。重要な問題なので。
投稿: 山口一男 | 2009年4月19日 (日) 08時22分
山口一男さん
そうですねぇ、ご指摘の感覚はもっともだと思います。
DV防止法では、そもそもの制定過程から、配偶者だけでなく、いわゆる「恋人」を対象に入れるように女性団体や専門家の声が上がっていました。2度の改正過程においても、同様の議論はあったのです。が、「恋人」概念の曖昧さや、「恋人」間のトラブルはストーカー法を使えばよいなどを理由に、現在でも、配偶者(事実婚は含む)となっています。
ただ、相談は積極的に受けることとし、緊急時にも、実質上は、ほとんど同じ対応を、しているところはしているはずです。もちろん、ご指摘のように、きちんとしていくことが必要なのですが。
現在の法体系そのものの根幹を揺るがすようなことにつながるので、法務官僚は強硬反対しやすく、また、保護命令が処罰規定を伴うために、曖昧な範囲(恋人って認定が難しい)にすることが、保護命令を出しにくくする(処罰がともなうから、安易に出せないと考えられてしまうため)ことへとつながる、と一筋縄ではいかない困難を抱えているようです。
女性差別撤廃条約の選択議定書を批准しようとしないのも、日本の法の最高峰である最高裁の出した判決を覆すようなことになったら、やはり、日本の法体系の根幹を揺るがす事態になるから、というのがあるようですから。
じゃあ、法体系自体をそっくり変えれば?と私みたいな素人は考えますが、「玄人」はそうは判断しないようですね。
投稿: えふ | 2009年4月23日 (木) 23時06分
うーん。実は、日本人の法を作る姿勢に欧米(といっても知っているのは英米ですが)とは随分違うものがあります。日本の「玄人」って日本的なのです。この辺も変える事の難しさです。例は違いますが、男児共同参画基本法と矛盾する条例を熊本市が制定するなど、米国なら中央政府と地方自治体とが主面衝突の戦いになりますが、何も起こらないのが日本の不思議です。
投稿: 山口一男 | 2009年4月24日 (金) 00時08分