自分の事例から出発して、日仏の文化、制度比較を試みる。おもしろい。
『フランスの子育てが、日本よりも10倍楽な理由』
(横田増生著、洋泉社、2009年2月刊)
ここ数年、フランスの子育て事情に関する情報は、新聞・書籍・報告書などでたくさん目にするように思います。実際、出生率の高いフランスの、その理由を知りたがる人も多いからだと言えましょう。
本書は、男性の著者が妻の仕事のためにフランスに渡り、専業主夫の経験をしながら考えた実感を丁寧に書いているのですけども、ライターとして子育て中の人々に取材を重ねていくことで、個人の経験にとどまらない普遍性を獲得しているように思えます。そこが、魅力の一つではないかと思います。話題は、日仏の子育て事情だけでなく、国民性や社会保障に対する考え方の違い、国家観にまで及び、「フランスって不可思議」と思うこの人(=私)のような生き物にも十分興味のもてる内容になっているのです。
一般の日本人、というのは、フランスに行ったこともなく、フランスの事情を積極的に学ぼうとしたこともなく、せいぜいテレビ・新聞などのマスコミ報道や、ごくたまにフランス映画などを観る程度の日本人のことを指していますが、そんな日本人から見たフランスという国のイメージと、実際に住んでみて感じたこととの違いを説明しているところに、とても興味を持ちました。
たとえば、サルコジ政権が誕生したとき、「極右」だと日本国内のニュースでは報道されていたと思います。が、著者は、日本に居るときは左寄りに思えた自身の立場が、フランスに居るとかなり右寄りに思えるという例を挙げて、サルコジ政権はどうして極右とされるのかの説明を試みます。つまり、サルコジ政権が右とされるのは、それまでのフランスが日本の感覚で言えば非常に左寄りになっており、それが平均的なフランス人の感覚だから、それとの比較で言えば、ずいぶん右側に位置すると感じられるサルコジ政権を「極右」と評価するというのです。つまり、フランスで「極右」とされる政権でさえ、日本ではありえないような左側っぽい対応をあたりまえのこととしてせざるをえないほど、フランスは従来から左気味なのだと著者は言っているのでしょう。
理解のキーワードは「ソリダリテ」(=連帯)です。たとえば、フランスではパリだけでも年間に1000回のデモがあるそうで、それは、もう日常風景なのだそうですが、ストやデモの度に市民は不便を強いられるけれども、それを支持するのだそうです。理由は簡単で、いつ自分がストやデモをしなければならない立場になるかもしれないと思っているからだそうです。だから、そのときストやデモをする人たちの置かれた立場を、「他人事」とは受け取らない。この考え方が、高い社会保障費を払っているにもかかわらず、失業給付や生活保護のような形で十分な保障を受ける立場の人たちへの不満などにはあまりならないのだと著者は説明するのです。今払っているのだから、自分が失業した際には、自分も同じように保障を受けられると思う。それだけ、国に対する期待も大きければ、期待を裏切った際の抗議も激しく厳しいものになるのだ。だから、フランス人は政治に関心が高いのだろう。こういう説明を聞いて、なるほど~と思ったのでした。
妻のフランス勤務について行くことになった著者ですが、フランスでの専業主夫時代には、離婚して日本に帰ろうという気持ちになられます。その辺りの心情も詳しく綴られていて、これまでは男女逆のことって多かったと思うのですが、性別にかかわらず、同じような状況に置かれると、同じようにつらい気持ちになるのだなと再確認できる点でもおもしろかったです。そういえば、ファザーリングジャパンの安藤さんも、育児休業をとってひとりで乳児の面倒を見なければならなくなった男性は育児ノイローゼになる、性別は関係ない、と言っておられたと思います。まぁ、当たり前です。性別で育児をしているわけではないですからね。
日本では子どもをもつことによって女性(母親)の生活は著しく変わってしまうが、フランスではほとんど変わらない。つまり、前者が子どもをもつことと引き換えにさまざまなことをあきらめなければならなくなるのに対し、後者は何もあきらめなくてもよいばかりか、可能性や幸せが増えるといった趣旨の記述が印象的でした。「自分の人生か、子どもの人生か」みたいなおかしな選択肢を天秤にかけなければならない。だから、少子化するんですね。
学術書ではないこの手の書籍ではめずらしく巻末に参考文献リストあり、「日仏の家族・女性・雇用に関する略年譜」(1918年~)ありで、行き届いていると思います。
そんなことで、本書はおもしろいので、読んだらどうでしょうか。読まなくてもいいけど。
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コメント
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えふさん
確かに面白そうですね。読んでみます。
投稿: 山口一男 | 2009年6月16日 (火) 00時26分
山口一男さん
あとの章では、若い女性の専業主婦指向についても触れており、それも興味深いです。
単なるフランス礼賛になっていない点が、私がよいと思ったところかもしれません。
投稿: えふ | 2009年6月21日 (日) 22時33分