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散歩の収穫。

  • こういう色もよいですね。
    散歩をしていて見つけた風景や動植物を記録しておくアルバム。不定期だけど、できるだけ更新を目指す。コメント歓迎。

田舎の風景

  • 東京に戻ります。
    2008年9月8日~11日までの、田舎での時間。

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2009年9月の45件の記事

2009年9月30日 (水)

여보세요.

 ハングルが入力できることがわかりました。

 が、ハングルが入力できる≠ハングルができる、です。

 タイトルは、韓国語の「もしもし」や「ちょっとすいません」を意味するヨボセヨです。が、日本語では同じ「ヨ」でも、여と요と表記も違うし、発音も違うのだろうと思われます。が、よくわかりません。

2009年9月29日 (火)

反省、反省。

 だんだん惰性になっていることに気が付いて反省しました。この人にとっては、結構慣れていたり前にもしたりしていることでも、初めてだったり最後だったりする人もいるかもしれません。そういうことを、以前はもっと強く自覚していたような気もするのに、すっかり初心を忘れているようでした。

2009年9月28日 (月)

間違えないようにしないと。

 明日はいつもとは違う仕事をした後、いつもの仕事に行きます。う。

 間違えないように、遅れたりしないように気をつけなくてはなりませんね。

フレキシキュリティ、勉強してみました。

 先日書いたフレキシキュリティのことですが(ここ)、ざっと読んでみました。労働政策と教育政策をあわせた社会政策なのだ、という著者の主張に納得。おもしろいですね。

 この論文での定義ですが、「近年のEUの労働市場政策の要として認識されている、労働市場の柔軟さ(flexibility)と労働者保護(security)を両立させた政策」です。
 ここで取り上げているデンマークとオランダですが、この政策が成功し、「労働者の転職が容易で実際に労働移動が多いが、労働者の生活が安定している国」として位置づけられているのだそうです。

 日本での労働市場と生活の安定さのかかわりと言えば、労働移動が容易であることと安定さとは必ずしも結びついていない、むしろ、転職は不安定さの象徴のようなイメージがあるのではないでしょうか。それゆえに、生活の安定さをもとめる(もとめざるをえない)労働者は、現在所属している職場からの転職を考えることがあまり容易ではなく、転職したことのツケとして生活の不安定さに甘んじなければならない、ということにつながっていると思います。

 本稿では、「リスボン戦略」についても、はじめに触れられています。これは、2000年3月にリスボン欧州理事会で決定され、「よりよい職と、より一層の社会的結合を伴った、持続可能な経済成長を実行しうる、世界で最も競争力のあるダイナミックな知識基盤社会」を築くという、EUとしての戦略なのだそうです。壮大ですね。
 
 ここで、具体的な数値目標を設定している点がすばらしいと思います。壮大な理想を述べるだけでは、それが達成されたかどうかを客観的に測定することがむずかしいですから。2010年に男女計の就業率61%から70%、女性就業率を51%から60%へ引き上げることです。失業率ではなく、就業率を指標にするのは、「失業により社会から排除されてゆくことを防止し、また、非労働力化している人々を労働市場に取り込むことで高齢化社会に対処する、との観点から」だそうです。  

 EU委員会が2007年6月には、政策文書「フレキシキュリティの共通原則をめざして:柔軟性と保護を通じてより多くの人に、より質の高い仕事を」を公表しているそうですが、ここで、EUのめざすフレキシキュリティ政策は、4点で定義されるのだそうです。
1.柔軟で信頼性の高い労働契約
2.包括的な生涯教育戦略
3.効果的な積極的労働市場政策
4.(労働者の労働市場内移動に際し、適切な所得保障と就業促進策を備えた)現代的な社会保障制度

です。

 デンマークの実業者に対する所得保障は、失業保険と社会扶助。
 デンマークは職業訓練がとても進んでいる。

 あとは、オランダについて書いてあります。

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 この表、なかなかいいと思います。イギリス、フランス、ドイツ、デンマーク、オランダの5カ国の、フレキシキュリティ施策(労働契約、生涯教育、積極的労働市場政策、社会保障)とフレキシキュリティについて労使の役割が整理されています。

 

耳。

 今日は一日「耳」でした。様々な方のご意見を伺っていました。朝から晩まで。とても興味深くて勉強になりました。隣に座っていたエライ人は、午後になると区切りの度に「疲れるね」と言っておられました。確かに、人のお話をヒタスラ傾聴するのは、エネルギーの要ることかもしれません。集中していないと聞き逃してしまうこともありますから。

 この人(=私)は、久々に1日ずっと話を聞いていることができて嬉しかったのです。人が話しておられるところを観察するの好きなのかもしれません。また、内容も共感できるような話が多かったからかもしれません。

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2009年9月27日 (日)

10年来のつきあい。

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 名前は、プップクプーです。

2009年9月26日 (土)

OECD調査を見ると、いろいろ考えさせられますね。

 政権が変わって、状況は大きく変わるのでしょうか。どうなんでしょう。

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 記事中に、「図表でみる」シリーズの紹介があります。そういうシリーズ名で呼ばれているかどうかはわかりませんが、この人はそう呼んでいます。他にも、いろいろと、「図表でみる」が頭に付いたものが出ております。データ集として、有益ではないでしょうか。

図表でみる教育-OECDインディケータ(2008年版)

『図表でみる教育-OECDインディケータ(2008年版)』(明石書店)

 2009年版は来月中旬に発売されるそうです。

 記事中の英語版「Education at a Glance 2009: OECD Indicators」はここです。

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いつもの風景を、新鮮な気持ちで眺めてみました。

 脳に刺激を与えるために(?)、見慣れた近所の景色をいつもとは違う心構えで眺めつつ、写真を撮影してみました。

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 いつものカメさんたちですが、これまで気になりつつも写真撮ることができなかったのですが、今日はできました。

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 この花、名前は知りませんが、近寄ってみるとなかなかきれいですね。

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 この赤い実の植物、ちょっとぼやけてしまいましたが、新鮮な感じです。実に成り立てなのでしょうか。

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 いつも必ず通る道なのに、いつからこういう実になっていたのか、実の前はどういう花が咲いていたのか、定かではありません。つまり、あまり注意を払わずに歩いていたということなのでしょう。

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 これは、歩道橋に敢えてあがって下を見下ろした風景です。

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 こっちは逆方向を。きれいに晴れていたので、とてもきれいに見えますね。実際にも、きれいな景色でした。

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 このモコモコの木も、日差しがかなり強いので、隣の建物の壁に、影が濃く映っています。

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 これは、ハイビスカスっぽく見えますが、何の花でしょうか。

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 これこれ、紫で、どうも葉っぱのようです。が、三角です。三角が3つ集まって1つの葉っぱなのか、いったい、何なんでしょうか。名前もわかりません。誰か教えてください。この人は、これはたぶん、初めて観ました。だけど、これが置いてあったのも、いつも通りすがるお宅の庭先のところで、たぶん、前から置いてあったんだと思います。

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 この赤い袋っぽい実ですが、実かと思ったら、上のは、黄色い花らしきのがはみ出ています。何なんだろう?つぼみなのか、それとも、もう終わった状態なのか。わかりません。

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 これは、さすがに何かはわかります。柿ですね。まだ、多くは青い状態です。実成熟。これから、だんだん熟して色づくんだと思いますが、そんな中に、もうすっかり赤い、きっとだいぶんジュクジュクな柔らかさだろうと思われるモノが混じっていますね。

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 1つの木の同じ枝に集まっていても、個体差があることに、なんとなく感慨を覚えました。

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 これは、観るからにサボテンですが、向こうがウチワっぽいですね。ウチワサボテンとかいう名前のがありましたっけ。いずれも、ブロック塀の上におられました。で、日向ぼっこのようでした。普段から、ここにおられたのかどうかも、わからないんですが。どうしてだろう?あ、最近、明るいうちに帰宅できていないからかもしれないと、今思いました。む~。

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Ca390428 これは、レモンあんパンというものらしいので、上にレモンのペーストが乗っていて、中は小豆餡かと思って食べてみました。

 ところが、餡とはレモンのことでした。勝手にダマサレテイマシタ。

「時間持ち」について、考えてみました。

 が、ろくな考えが思い浮かびませんでした。

 2009年9月13日、14日と朝日新聞朝刊で、「時間持ち」について書かれているものを見つけました。2と3なので、1もあるはずですし、場合によっては4以降もあるかもしれませんが。

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 今週はすぐに土曜日ですね。これで、また「今週もできなかったよ」と思いながらの週末です。精神衛生上、よくありませんね。もちろん、何もしていないわけでも、何も進んでいないわけでもないのですが。思ったようにはなりません。あたりまえか。

 時間の使い方をもっと工夫しなければ!

 そう思ったこの人は、早速、こんな情報を見つけました。「時間持ち」になる、です。「時間持ち」、聞きなれない言葉ですね。だけど、時間ほど誰にでも平等なものってないかもしれません。選挙権だって、「誰でも1票ずつしかない」とは言いつつも、成人しているのに1票を与えられていない人だってまだたくさんおられるわけですから。

 さて、「時間持ち」になる方法は、詳細は記事を読んでください。この人が思うには、やることを減らすということかと思います、まずは。次に、家事であれば、分担者を増やす、でしょうか。頭割にすることで、1人当たりの分量を減らすことができると思うからです。これは、仕事上の分担にも言えることですね。

 家事を減らせず、分担者も増やせない場合はどうすればいいかですが・・・う~む、難題です。
 そういう場合は、現状を変えずに発想を変えるという手に出てみてはどうでしょうか。つまり、時間を有効に使おうとは思わない、時間を無駄にしているとは考えない、を実践し続け、今の生活を継続するという方法です。自省など、もってのほかでしょう。してはいけません。さらに、家事の達成基準を引き下げることを、やってください。それは、積極的に取り組むべきです。たとえば、ゴミの日に、1個でもゴミが捨てられたら、「すばらしい!」と自画自賛するのです。必ず声に出してください。ゴミ捨て場の周囲の人の目が気になる場合は、つぶやく、でも可とします。そして、スキップで自宅まで戻りましょう。ご近所の方は、「とうとう、キタか?」と最初は思うかもしれませんが、負けずに数回繰り返すと、「あ、いつもの様子だ」と安心するように変わるかもしれません。わかりませんが。業務上でも、同様のことが言えます。完成度を引き下げる、正確さを求めない、1つでもできたら、「すばらいい!」と言いスキップで移動。ただ、職場でやると、最近では、職場のメンタルヘルスへの関心が高くなってきておりますので、産業医の受診を勧められるか、反強制的に受診させられる可能性がありますので、あくまで、ご自身の判断で、まずは、控えめにやって様子を伺うといった、プリテストを厭わないようにお願いしたいと思います。なにしろ、生活がかかっていますからね。

 「時間持ち」になりたいですか?それを、まず、自分に問いかけてみることが大切ではないかと思います。もし、YESなら、それはなぜかを説明できるくらいに整理しなくてはならないでしょう。仮に、最初の問いにNOだった場合は、もう、時間を有効に活用する必要などないわけです。安心して、暮らしていっていただければと思います。
 2つ目の問いに耐えられる理由がある場合は、なんとしても、「時間持ち」にならなければなりません。マストです。
 
 まず、やることは、このブログなどを読むのを即刻中止して、2度と訪れないことを決心しましょう。効率最優先に生きることを決心された方に有益な情報は、この人はほとんど提供しておりませんし、将来的にも提供する予定が低い分野であると、自信をもって宣言できますので。そこまで自信を持たなくてもよいのですが。

 さて、それでも、ぜひ、このブログは読みたいという方はどうするか。う~む、難しい相談ですね。この人には、どうすることもできませんが、ご自由になさっていただければと思います。そういうあなたは、きっと変わった方でしょう、いい意味で。今後ともよろしくお願いします。

 効率を求めつつも、遊びや一見無駄に思えることを織り込んでおくことも大切ではないかと、無駄が服を着て歩いているようなこの人には思えるのです。一見無駄に思えるだけでなく、よくよく考えてみても無駄に思えることの中にも、効率とは別次元の何らかの意味があるかもしれません。おかしな発想とか、くだらなくて緊張がゆるむとか、からだもゆるむとか、無駄なモノがからだに付くとか。

 そうだ、なぜ、仕事を効率的にして、「時間持ち」を目指したいのかが、今わかりました。さっさと仕事を終わらせた時間を、非効率的な物事に投資したいのです。ぼんやりとくだらないことを考えて喜んだり、身近に居るイキモノに関心を持って観察してみたり、からだの無駄を眺めてみたり、このブログを書いたり・・・。

 効率のよさでは計れない価値を持つことを、実践するために、「時間持ち」になる必要があるのかもしれません。であれば、「時間持ち」とは、価値の置き方の決定を前提としたものに他ならず、たとえば、小さな子どものように、自身の価値観がまだ明確に定まっていないような段階では、考える必要のない、または、考えることのできない概念なのではないかという気がしました。

 何に価値を置くかが明確になっており、何を捨てるかを瞬時に判断できる人は、きっと、「時間持ち」を目指さなくとも、すでに「時間持ち」なのだろうと想像します。だからゴミ捨ても得意でお部屋もすっきりと片づいておられるのでしょうね。ひがんでいるわけではありませんが、その点、うらやましいことです。

 この人は今週、新しいゴミ箱を部屋に導入。お陰で、やや捨てる行為への改善ができそうな気がしてきました。以前、ゴミ箱として使用していたのは、植物のツルでできた籠にレジ袋をセットしたものでしたので、重いもの(たとえば、冊子とか)を入れると倒れそうになり、容量も小さかったのですぐにいっぱいになって、袋を入れ替えなければならなくてわずらわしかったのです。当然、ゴミを捨てること自体も遠慮がちに…。

 今回は、30Lの自治体指定のゴミ袋がそのまま使えるような籠にしましたので、いろいろ捨ててもまだ入るし、底が安定した入れ物なので、倒れる心配がありません。

 これで、少しはいろいろが片付くとよいのですが。そんなに甘くはないかもしれません。どうなんだろう。努力が期待されます。

2009年9月25日 (金)

30歳から発達する能力もあるって。

海馬/脳は疲れない ほぼ日ブックス

「海馬 脳は疲れない」(池谷裕二・糸井重里著、朝日出版社、2002年)

歳をとれば記憶力が悪くなるというのは間違い。

大人は経験を利用して記憶をすることができるので、子どもよりも有利な点がある。

「頭のいい状態」と「頭がはたらいていない状態」とに分けている。

「ものや人とコミュニケーションがきちんと取れている状態」を、「脳のはたらきがいい状態」と言ってよい?→よい

第一章のまとめ
一 「もの忘れがひどい」はカン違い
「年を取ったからもの忘れをする」は科学的には間違いです。脳の力を引き出すためには、老化を気にするよりも「子どものような新鮮な視点で世界を見られるか」を意識することのほうが、ずっと大切なのです。

二 脳の本質は、ものとものとを結びつけること
 ものとものとを結びつけて新しい情報をつくっていくことが、脳のはたらきの基本です。脳は、毎日出会っている新しい情報がどういうものなのかを分類しています。そして、何かを解決したい場合には、まったく関係のないように見える情報どうしをとっさに結びつけるのです。

三 ストッパーをはずすと成長できる
 人間の体は、ある方向へのエネルギー注入をとめることで、他方向へのエネルギー注入を増やすようにできています。脳もまた同じです。「できないかもしれない」と心配するストッパーをはずさないことには、無意識のうちに能力にブレーキをかけてしまいます。一見「無理だ」と思えることでも、気持ちにストッパーをかけずにやり続けてみると、あなたの能力は飛躍的に向上することでしょう。

四 三〇歳を過ぎてから頭はよくなる
 あらゆる発見やクリエイティブのもとである「あるものとあるものとのあいだにつながりを感じる能力」は三〇歳を超えた時から飛躍的に伸びるのです。

五 脳は疲れない
 脳はいつでも元気いっぱいです。ぜんぜん疲れません。寝ているあいだも脳は動き続けます。一生使い続けても疲れません。「脳が疲れたなぁ」と思わず言いたくなる時でも、実際に疲れているのは「目」です。

六 脳は刺激がないことに耐えられない
 何の刺激もない部屋に二~三日間放置されると、脳は幻覚や幻聴を生み出してしまいます。また、固定した見方でおなじことを見ることにも、脳は耐えることができません。新しい刺激がないところでは、人間は生きていくことが難しくなります。脳は本能的に刺激があるほうに向かいます。

七 脳は、見たいものしか見ない
 脳は自分が混乱しないようにものを見たがります。見たいものしか見ない。脳は疲れないぐらいによくはたらくけれど、その反面で非常に主観的で不自由な性質も持っています。(
104ー106頁)

 というようなことで、大変興味深い内容です。

 目の疲れの取り方(極意)も教えてもらいたいものですが。

ゴルゴモンが何かがわからないですが。

 映画というよりは、テレビドラマですね、アメリカの。シーズンを重ねていることを考えると、きっとアメリカでも人気なのでしょう。日本では、シーズン3までが、現在レンタル屋さんで借りることができるようで、この人(=私)も借りて視聴しております。

BONES -骨は語る- シ-ズン3 DVDコレクターズBOX (初回生産限定版)

 どういう話かというと、タイトル通り、骨の話なのですが。骨を観ることで、その人がどういう経緯で殺されたのかを判定するのです。骨の専門家である女性が主人公(ボーンズと呼ばれています)、彼女が所属する研究所が1つの中心的な場です。

 同僚たちもそれぞれのプロフェッショナルで、たとえば、骨についている微量な金属や鉱物・微生物などから、殺された場所などを特定する人や、骨になってしまった人の生きているときの顔を映像で再現する人など、個性的な人が出てこられます。

 殺人事件なので、FBIの刑事さんも登場してこられます。この男性も中心的人物の1人。ボーンズと一緒に殺人事件の解決を目指すパートナー関係というか、最初は、単なる仕事上の関係でしかなかったものが、シーズンを重ねるに連れて、「単なるパートナー関係」であることを強調しなくてはならないような微妙な感情関係になりつつあります。が、まだ、お互いに、仕事上のパートナーであると言い張っておられるところです。今回は、一種のカップルカウンセリングかと思わせるような、カウンセリング場面もたくさん出てきます。ここに、カウンセラー的な役割で登場するのが22歳で博士号取得者の若い男性。この人も、このシーズンのキーパーソンになるのでしょうかね。

 ドラマは、1回ごとに一応の区切りを持っているのですが、1つの殺人事件の解決が示されるだけでなく、1回ごとには決着のつかない事件や謎も同時進行します。

 シーズン3は、おそらく、ゴルゴモンというやつがキーワードなんです。何かとは聞かないでください、この人もまだよくわかっていません。

 それにしても、シーズン3まで観てきたから随分慣れましたけど、毎回毎回、殺人事件なので死体というか遺体が出てくるのは当然としても、その状態がなんというか、ひどい状態のことが多いです。ボーンズの出番が必要なので、骨が出ていることが多い。それも、完全に骨になっていればまだドライな感じですが、そうでもないんですよ。

 この人もシーズン2までは、食事しながら観たりもしていたんですが、さすがにやめました。食事しながら観るのなら、もっと適当なドラマなり映画があるはずです。さらに、夢を見やすい方は、寝る前などには観ないほうがよろしいかと。この人は、幸い、悪夢は観ないことになっているので、夜寝る前に観たりはしますが。

 シーズン4までは、販売されているようなので、続くことがわかっているのですが、その先はどうなのでしょうか。気になりつつ、あんまり気になってしまうと困る、微妙な対象です。

布団を乾燥機にかけて出かけてきます。

 まだ、眠いです。まだ、眠れそうです。が、出かけなければなりません。

 今夜は思い切り眠りたいのですが、そのためには、布団を乾燥させておくことにします。布団の乾燥大切です。

 帰り際に話しかけられないようにすることも、同様に大切でしょう。定時を過ぎてから、曖昧なことで何か言うのはやめたほうがいいです。返事のしようがないから。

 昨日も、「もし、こうだったら、どうする?」と聞かれたので、あれこれと思いつくことを返事していたのですが、最終的には、選択肢などないことがわかりました。だったら、「どうする?」と聞かずに、「もし、こうだったら、こうなるけど、大丈夫?」とかって聞いてもらえれば、一瞬で済んだのですが。まぁ、話しているうちに、気がついたのかもしれませんが。

 何が言いたいのかよくわからないので、時間がかかるのかもしれません。こういう会話を重ねると、この人(=私)のコミュニケーション能力について考え込んでしまうので、あまり、快適なことではないですねぇ。

 うまく通じ合っていないんですが。それは、この人のコミュニケーション能力のためなのか?と疑ってしまうわけです。全く関係ないとは言えませんが、どのくらいの寄与率なのか。

 相手がユラユラしているだけなのか、それにすぐにシンクロして一緒にユラユラしているのか、そこのところがわかりません。

 まぁ、すぐに真に受けるのはやめるようにしたいのですが、自分が一人でやることに集中しているときに、話しかけられる場合が多いため、きっと油断しているんだと思います。

 いつも構えていると、神経ももちませんけど。

 今日は、帰り際に油断しない、を目標に、思った時間に帰れますように~。

2009年9月24日 (木)

今日は少し早めに行ったのですが。

その分、早く帰ることができたかというと…帰ることはできませんでした。あ~。

想われてても、くたびれます。

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 今日は夏に戻ったかというほど日差しの強い日でした。お昼に外に出かけたら、とてもまぶしかったのです。まぁ、この人(=私)はまぶしがりやなので、通常の人よりもちょっとしたことでまぶしいのですが。ほかの人もきっとまぶしかったと思います。

 昨夜は成立しない会話をして、疲れました。ほんの数分だったのに。たとえば、質問をしておいて、こっちが答える前に、この人のことを決めつけておいて、その前提の元にこうしたほうがいいと提案してくるとか。それについて、何か述べると、さらに、自分の意見を押しつけてくるとか。

 まぁ、会話になっていないんですよね。長いつきあいなのですが、この人のことを少なくとも現時点においてどういう生き物なのかを理解しているようには思えません。過去にそうだったかもしれないけれど、今は違うとか、過去から決めつけているどこにもいないこの人のイメージを固定させて改訂することをしないのでしょうか。
 会話にならないやりとりをするくらいなら、いっそ、黙っておきたい、というのはあまりに子どもじみた発想かもしれませんが、しかし、くたびれました。
 コミュニケーションってなんだろう。理解ってなんだろう。などと、考え込んでしまいます。

 相手を理解するっていうのは、おそらく、まずは、自分の意見を述べることではなく、相手の話に耳を傾けることなのではないでしょうか。それをせずして、何かを言うのは、宣言(あなたのことを、こういう風に決めつけています宣言)でしかないように思うのです。
 
 この人が何を好ましく思い、何をしたくないと思っているとか、どういう状態が楽な状態なのか、とか、そういうことって、最小公倍数的な共通項はあるかと思いますが、多くの人が好ましい事象を、この人が同様に感じるかどうかはまた別の問題です。そこのところをどう考えるかは、普段の思考や日常生活の枠のサイズや種類に依存するのでしょうか。自分とは違う感覚で暮らしている人も当然いることや、いてもよいことは、理屈ではわかっているはずなのですが、感情問題になってくるとむずかしいようです。

 そんなことで、すっかり愚痴モードですが、気が合うからつきあう人、気が合わないからつきあわない人、のほかに、気が合わないようだけどつきあわないわけにもいかない人、という第3のカテゴリーがあります。これは厄介ですね。ここに、さらに、向こうからは好かれている、という要素を入れると、もうお手上げでしょう。

 そんなこんなで、やや刺々しい気分でいましたところ、間接的に、反省しているらしい、という情報が寄せられました。ので、不快感に集中するのは、やめることにしました。

 日々平坦に暮らすのは、むずかしいですね、感情面で。

布団は乾燥させてください。

 昨日、実は、部屋で布団を乾燥機にかけて、で、外出しておりました。3時間冬用乾燥をしましたところ、ふかふかに。お陰で、昨夜はよく眠れました。まぁ、疲れていたからだと思いますが。

 やはり、布団がふかふかだと目覚めがよろしいです。

 布団は乾燥させて、よい眠りを確保することが大切だと再認識しました。

 今日も布団を乾燥機にかけて、仕事に出かけるとよいかもしれませんね。そうすれば、今夜眠るのがとても楽しみに。早く帰りたい動機が増えます。

 朝から、夜に眠ることばかり考えるのはどうかという気がしないでもないですが。

 今日は暑くなりそうです。よく晴れています。

2009年9月23日 (水)

結局、近所でゆっくりしました、外見上は。

 昨夜眠れなかったのは、午前中に寝ることで帳尻を合わせた格好にして、午後からは近所に散歩に出かけました。図書館に予約していた本を借りに行ったり。

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 シルバーウィークで、遠出したり旅行している方も結構いらっしゃるらしいですが(ニュースで知ってるくらい)、この人の近所では、近所に出かけている人も結構たくさん見かけました。まぁ、みんなが特別な休暇にしなくてもいいんでしょう。

 で、ケーキの類はしばらく自粛と決めたので、今日は、これにしました。アイスキャラメルカプチーノです。上に生クリームが乗っていますが、とりあえず、下の方をストローで吸うにとどめました。

 なかなか美味しかったのですが、半分くらいまで飲んだら寒くなってしまいまして、残してしまいましたが。ただ、いつもはホットを注文するこの人がアイスを注文しているくらい、秋晴れでやや暑い感じではあったと思います。隣やその隣のお客さんもアイスの飲み物をオーダーしておられましたので。

 もうすっかり、「いつもありがとうございます」と言われる客に昇格ですよ。

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 今日明日は秋祭りのようでして、神輿を担ぐ人たちが道を歩いておられました。

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 ちょっとわかりにくいのですが、近づいてくると、担いでいるのは男性ばかりではなく、女性もかなり混じっておられることがわかります。

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 この人の古い記憶では、こういうお祭りで神輿を担げるのは、男性に限定していたような気がしていたのですが、時代はいつの間にか、女性も受け入れるようになっているようです。が、想像ですが、人口が減ってしまい、男性だけでは成立しなくなってしまったことが、もっとも大きな要因ではないかと思います。

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 それを見届けた後は、別方向へブラブラと散歩です。

 もう夏は終わったと思うんですが、カンナが咲いているのを見つけました。

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 と、同時に、ヒガンバナも咲いていました。これは、時節柄ピッタリですね。

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 これは、その辺の垣根にするための植物で、名前は知らないのですが、この赤い部分は新しい芽のようですね。今頃、新しい芽が出ていることもあるんだ、と思いました。

 最近、外は歩いていても、あんまり植物に気をとめたりすることもないような気がします。余裕がないんですよね。

 ススキがこんな立派なことになっているのも、今シーズン初めて観ました。というか、気がつきました、というべきか。

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 もう夕方になっていたので、空もあまり明るくありませんが、穂がすっと伸びて、なかなか素敵な形になっておられました。

 そんなことで、短時間でしたが、散歩をして、少し気持ちがよかったです。

 明日からは、また急かされる日々かと思うと、ややヤですけども、まぁ、その案件がなんとかなるまでは、逃れられないことなので、立ち向かっていこうと思います。

 しかし、持ち時間って思っているよりもないんですよね。あれこれと予定するのに、大概の場合、全部終わることはない。かなりがんばっても、です。

 もう少し効率的な時間の使い方を研究しつつ、次々と余計な仕事を押し付けられないようにしなければならない気がしてきました。いうなれば、かわす技術、ですね。ひらっと。

 それがうまい人は、さほど仕事もせずに、優雅に定時に帰ることができます。それがいいかどうかは、わかりませんが。

ほとんど眠れませんでした、が。

 昨日昼寝したことが基本的な間違いだったと思われます。

 この人は、昨夜はほとんど眠れませんでした、夜間は。

 仕方がないので、朝起きまして、久々に、みのさんは元気かなと思ったものですから、ダメもとで、TBSにチャンネルを合わせてみたのであります。珍しく、もともとのチャンネルである6にTBSを受信することができています。が、みのさんは、遅い夏休みか何かでしょうか、画面には出てこられません。お元気なのでしょうか、夏休みなのでしょうか。まぁ、お元気で夏休み中だと思うことにしましょう。

 トーストにバナナをスライスして、焼いてみましたが、変な食べ物になりました。ちょっとやり方があんまりよくなかったかもしれません。先日、パン屋でパンを買ったら袋に入れられていた小さいチラシに、食パンにバナナをスライスして乗せて焼いて食べるとよろしいようなことが書かれてあったのですが、その紙は捨ててしまったのです。うろ覚えでやってみたものの、何かかけたり乗せたりするものが不足していたのかもしれません。ブラウンシュガーあたりをかけたほうがよかったのか。

 今日は、このまま家に居ると、きっとまたおかしな時間帯に眠ってしまうと思われます。どうしたものでしょうか。

 こういうとき、世の中の方々はどうしておられるのでしょうか。よいアイデアがあれば、教えてもらいたいものです。

油断は昼寝を招く、のか。

 油断してしまい、昼寝をしてしまいました。で、起きたら夕方・・・。まぁ、疲れているんだと思いますが、昼寝てしまうと夜に寝付きにくいのです。で、あ~あと思いながら、ちょっと外に出かけたり。

 久々にスターバックスに入り浸ったりしたいなと思いました。ただ、世の中の人も同様にお休みだと、混みあっていて座れないかもしれません。

 ところで、スターバックスには、都会型スタバと郊外型スタバの2種類があります。これは、この人が勝手に分けているだけで、スターバックスの公式見解ではありませんが。定義は、都心にありいつも席が探しにくく手狭な店舗が都会型で、郊外にあり休日のお茶時を除けば比較的席が見つけやすくゆったりした店舗が郊外型です。郊外型は、席が空くのを待つようなお客さんはあまりいません。だから、人が席が空くのを待っているとさっさと帰らなくてはならないような気持ちで落ち着かないこの人などには、ありがたい空き具合ですね。

 すでに夕方というか夜になっていたのですけども、ゆったり座れて人気の高いソファ席はおろか、テーブル席は埋まっていました。それに、外の席(喫煙者向け)もみんなが座っている。この季節、夜はけっこう冷えてくると思うのですが、強い方はそんなことは平気なのでしょうか。

 この人は喫煙もしませんし、もっぱら室内が好きなので、窓際のカウンター席的なところを確保しました。ただ、出入り口に近いので、外の喫煙席の煙が漂ってきます。ちょっと嫌ですけども、他に選択肢がないので、我慢しました。

 カウンター席は、机と椅子のバランスが何か勉強でもしようとか、読むだけでなく、書こう(タイプしよう)とかいうときに、都合がよい造りだと思います。ソファ席だと、からだが深く沈んでしまって、テーブルの高さも低いので、深めに腰かけて本を読むだけのときとか、連れがいるときは会話するだけなどには適していると思いますが。

KINGJIM デジタルメモ「ポメラ」 DM10シロ パールホワイト

 実は、ポメラ、購入しちゃいました。パソコンではなくて、パソコンで言うメモ帳に機能を特化した小さめのワープロとでも言うんでしょうか。電源をつけたら2秒で使える、というのがキャッチフレーズで、実際、すぐに使える点が、起動に数分は待たねばならないパソコンとは違う優れた点だと思います。また、電源が途中で切れていても、それで保存されていなくてデータが消えてしまうということもなさそうです。

 キーボードの感触はなかなかよろしいです。ただ、画面が小さいような気がするけど。と思ったら、表示の文字サイズを変更できました。

 なんで、と自分でも問いたくなるほど、いつも荷物の多いこの人(=私)ですので、最近はノートPCを持ち歩くこともしなくなっています。なぜかというと、仕事場に別のPCやフラッシュメモリなどを持ち込むことが禁止されているので(使用しなければ問題ないのでしょうが)、少ししかない昼休みも、最近では自席に居るということで、使う時間がないからです。帰りにどこかに寄り道して…などという時間もないし。

 そんなことで、以前なら、持ち歩いているときに、思いついたことを文章化できていたのが、最近ではできなくなっていて、でも、そのときに思いついたことを書きとめたほうがいいこともあると思い、ポメラでも使ってみるか、と思ったのです。

 今日も、コーヒーショップであれこれ思いついたことを書いたりできました。

 このサイズと、電源をつけてすぐ書ける機能を活用すれば、短い昼休みにでも、何か思いつきを記録することができるかもしれません。それに、期待したいと思います。

 その結果が、このブログにつながるとよいのですが、まぁ、しばらく、様子を見てみてください。

2009年9月21日 (月)

フレキシキュリティ、3回目。

 このブログでも以前に2度ほど取り上げているのですが(ここここ)、フレクセキュリティ/フレクシキュリティについて、新たな情報を発見しました。

 国立国会図書館が出しておられます『レファレンス』という定期刊行物があるのですけども、その2009年5月号に「フレキシキュリティーEU社会政策の現在ー」と題したものを見つけました(ここ)。

 目次を見るとわかるように、EU、特に、デンマーク、オランダの現状について書かれているものです。ワークシェアリングとワーク・ライフ・バランスとの相互の関連も整理しているそうです。

 情報のプロである国立機関が注目するということは、今後、もっと取り上げられていくということかもしれませんね。社会保障についても、新聞等でよく記事にされるようになってきているような印象がありますし。

 一応、こんなのあったよ、っていうことで。読後については、別記事としましょう。

ラジオ体操をバレエ風に。

 おもしろい映像を発見しました。バレエダンサーの方が、ラジオ体操をバレエ風にアレンジして踊っておられるようです。DVDですが、ちょっとだけ動画を見ることができます(ここ)。

 1分16秒以降が圧巻ですから、ぜひ、最後まで観てみることをお薦めします。白いスーツにネクタイを締めて、どうしたいのか、わかりません。でも、素晴らしいしなやかな動き。ただし、ここまで来るともはやラジオ体操ではないでしょう。

 本編を全部観てみたい気持ちにさせる作戦なのでしょうか。

しばし自粛に

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 もう立派に秋ですから、食欲の秋、も本番ですけれども、この人は思うところあって、上の写真のような食べ物をしばらく自粛することにしました。

 基本的に、食べたいときに食べたいものを、という適当さで暮らしているので、あんまりそういうことを実践することはないんですが。

 ですので、忘れちゃいそうだから、ここにでも書いて覚えておくことにさせてください。

 ま、3週間ほど、ですかね。そうすると、期限は10月11日くらいですね。

2009年9月20日 (日)

少しだけ片付きましたが

 結局、午後2時を回ってから職場に行って多少仕事を片付けました。もう少し早めに行って、早めに戻るようにすればよかったですが。

 電話などがかかってこないし、用事を言いつけてこられることもないので、集中しやすいかもしれません。が、あまりお薦めできることでも、褒められたことでもないと思います。

秋晴れ、ですかね。

 きれいに晴れていますね。さわやかでもあります。

 が、この人は、休みに仕事に行こうかと考えています。ややおかしいですね。ま、しかし、日常の時間帯でも、努力しても終わらないし、期限もあるので仕方ないのではないかという気もします。いっぽうで、そこまでの量を1人に分担させるのもおかしいんじゃないかという思いは当然あるのですが。

 しかし、行ってみても、入れるのか?という懸念はあります。土曜は大丈夫と聞いたので、日曜もきっと大丈夫なんだろうけども。

カブトムシ。

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2009年9月19日 (土)

今日も素敵なカップで。

 先週はダウンで行けませんでしたが、今週は行けました。土曜にしか行けなくなってしまった筋トレです。なんとなくロウワーな気分で出かけましたが、筋トレをし終わった頃にはすっきりとした気分になっておりました。筋肉はつかなくとも、気分転換にはなっているのかもしれませんね。せっかくの連休は、筋トレもお休みです。そこら辺がアメリカ発祥の主婦向け施設なんでしょうか。わかりませんが。でも、スタッフがきちんとお休みをとれるのはとても重要だと思います。

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 筋トレ後は、恒例のコーヒー屋さん。今日も、世界で僅少のありがたいコーヒー豆を使ったのをオーダーしてみました。今日のカップは、バラ模様でした。

 こないだは、違う柄でしたが、どんなのだったか知りたい方は、ここをご覧になってください。

 ここに置いてあった『AERA』を見ていたところ、勝間和代さんの連載らしいページに、池谷裕二さんという脳科学者の方へのインタビューがありまして、「ひらめきと直感」の違いについて書かれている部分などが大変興味深く思えました。

 要約すると、ひらめきは論理的思考の帰結で大脳新皮質(新しい脳)がつかさどっているものであり、直感は大脳辺縁系(旧い脳)が知らせるものだそうです。前者は、結論を導き出す理由を自分にも他者にも言語的に説明することができるが、後者はできないのだそうです。

 たぶん、演繹的に説明するのは前者になるのでしょう。で、結論の理由を論理的に説明できるとしても、帰納的にしかできないのが、後者になるのではないか、とこの人には思え、それがとてもおもしろかったのです。

 脳ブームと聞くと、古いところでは養老孟司さん、近年だと茂木健一郎さんくらいしか知りませんでしたが、もっと若手で池谷(いけがや)さんという方がおられるのだということを初めて知りました。

 あ、でも、養老さんは以前の脳ブームの立役者という意味で古いところと書きましたが、今でもたくさんの著書を出しておられますね。今日は、スタジオジブリのアニメ映画音楽などでとても有名な久石譲さんとの対談本『耳で考えるー脳は名曲を欲する』(角川書店、2009年9月刊)というのが出ているのを知りました。

 ここでは、音楽の論理性の高さや、数学の才能と音楽の才能が個人の中でしばしば重なることなどが書かれていました。「まえがき」に。音楽のうち、特に作曲の才能だそうです。数学と共通する論理性がもとめられるのだとか。ふ~ん。

 あと、言葉だけでなく、触ってみないといけないとかも書いてありましたね。

 ま、途中までなんですが、なかなかおもしろいです。対談本なので、そういうのが嫌じゃない人には読みやすいのではないかと思われます。

お腹の皮がかゆいです。

 特にわざわざみなさまにお伝えすることでもありませんが、この人のお腹の皮がかゆいです。先週か先々週くらいからですかねぇ。徐々に頻度が増しているような。季節の変わり目だからでしょうか。少し痒いときに、少し掻いてみていたら、掻いたあとがさらなる痒みを呼ぶというか、こういうことでも「類は友を呼ぶ」と言うんでしょうかね。言わないかも。

 今日は、お腹も痒いし(これは帰宅したり、一人でいるところでだけ、思い出すんですが)、昨夜はなんだかあんまり眠れなくてだるいし、いろいろやることはあるし、でした。

 いろいろとポジティブな発見もあったのですが、それは、またの機会に。

 今は眠いようですが、やや興奮しているのか、まだ寝ておりません。足の裏の皮も痒い気がしてきた。

 毛皮の生え換わる時期がありますけども、それ、でしょうか。だけど、毛皮じゃないので、皮が生え換わる(?)のかもしれません。

 何が言いたいのかというと、それは、特にはないんですよ、今夜は。

2009年9月17日 (木)

いろいろと発見がございました。

 起きた時点では平熱だったこの人ですが、一応、体温計を職場に携帯していたのでございます。

 職場はあれこれが積み重なっておりましたので、それを片付けたりしているうちにお昼になってしまい、トイレの個室に籠って体温を計測しましたところ、やはり、微熱はありました。午後も再度計測しましたところ、やはり、同じ数値です。

 が、微熱に慣れた模様です。4月に1月ほど微熱が続いた際には、初めてのことでもあり、かなり長い間だるかったので、そのときにはまだ腐っていなかった解熱薬を飲んで下げておりましたが、さすがに2,3週間のうちに薬を飲まなくてもそのままで平気になったのでございます。

 今から思えば、あれが、この人における仕様の変更だったのかもしれません。

 で、久々に微熱が続く毎日に突入したかもしれない疑いがもたれる今週ですが、4日目にして慣れに到達したのでした。

 やや、ぼんやりしているかもしれませんが、たいがいぼんやりしているので、見た目には仕様変更がわからないと思われます。

 「微熱があったので」と言ったので、「今日も顔色がいつもと違うよ」とおっしゃる方もおりましたが、顔色もいつも変なのですよ、たぶん。

 ただ、よかったことは、いつもより余計なことを考える余力がないと見えて、結構、さまざまが順調に進んだことでした。

 1つは、昨年度からどうしようどうしようと、どうするかが決まっておらず、ある度ごとに、同様に、「どうしよう、どうしよう」と私が知るだけでも数回は、どうしようを数人で繰り返した事柄に、この人が「こうしよう!」と言って、決めてやったことです。決めてしまったので、このことに関しては、どうしようは、こうしよう、になり、いちいち、悩まなくてもよくなりました。ザマーミロと思ったのは言うまでもありません。いや、思っていません。ちょっとすっきりしましたが。

 2つ目には、別件で、もともといろいろと問題のあった案件が、親切な方々のご協力により、進む方向で話がまとまりそうな気配がしてきたことです。遠慮がちな表現ですね。だけど、このことは、何度も座礁したり、水が溜まっていないところを船で進もうとしたり、その船に舵が搭載されていなかったり、エンジンはバイオエタノールのみの特殊な燃料でしか走らないといったような気難しさを備えていたのでした。これについても、あれこれの決まらなさについて、この人が決めてしまおうと思い、「こうしよう!」と提案しましたところ、そうだね、と賛同を得たのであります。今だけかもしれませんが。

 3つ目ですが、これも、引き返せないところに行ってしまってから、大変な可能性に気がつきまして、今日まで気を揉んでいたのでありますが、なんとかなりそうな気がしてきたから不思議です。

 4つ目は、これもある種果てしない物語だったのを、期限のある物語に書きなおす提案をして、やはり、この人が「この辺で、こうしよう」と言い放ったところ、そうだね、と賛同を得られました。今だけかもしれませんが。

 そんなこんなで、この人の頭は爆発しそうな可能性を秘めつつ、なんとか、知恵熱くらいでおさまっている今日この頃なのでしょうか。

 そんなことで、あれこれと自分の席でやりながら、気がついたことは、腐っているのは薬じゃなくて体温計かも、ということでした。そうだ、体温計が腐っている可能性について考えていませんでした。それから、薬も体温計も腐っている、ということもありますね。これは、両立することです。

 最後に、この人がここ数日腐っていたのかもしれません。

 今日の発見は、以上のことですが、教訓としては、

誰も決められないなら、この人に決めさせろ!

でしょうか。今なら、この人は、なんでも決めてやります。思い返せば、もっと早くに決断力を発揮して、この人が思うように決めてやればよかったのです。

 そうすれば、右往左往することなく、やってこれたのかも。

 でも、これがわかるためには、やはり、右往左往は必要だったのかもしれません。反復横跳びも。それが、2ヵ月半でわかったことは、結構、速習なんじゃないでしょうか。

 今後は、このデータを参照して、余計なことをしないように、さっさと帰って熱を出さないようにやっていくことが大切でしょう。

 だけど、微熱があると、いろいろとうまく行くこともあるかもしれないです。

 今日のグダグダについても、脈絡が乏しいのは、微熱のせいにもできますし、ね。

朝は平熱です。

 が、一日このままかどうかはよくわかりません。

 でも、新型インフルではなさそうなので、仕事には行くことにします。今日は早めに帰ったほうがよさそうですが、そうできるかどうか。こんなに残業しないと成立しないとは、事前には説明がなかったんですが、やるしかないんでしょうか。業務内容も、事前に聞いていたこととはかなり違いますが、それは?

 言われることをそのままやっていてもダメだということはわかりました。ただ、問題は、この人(=私)はわかったのですが、その人(=指示を出す人)がそれをわかっているのかどうかが判然としないことですね。

 全く関与せずに自由にやっていても特に何も言われないほうがいいのか、細かくあれこれ指示をしてくれるけれどもそれがあまり当てにならないほうがいいのか、どうしてこういう2択なのかがわかりません。

 適度に指示をして、それが的を得ているのが、この人のささやかな望みなのですが。

2009年9月16日 (水)

ケフィアはいいかも

 他の乳製品は大概乳酸菌が主な菌なのですが、ケフィアは酵母菌も含まれているところが、その他の乳酸飲料と違うところのようです。

 なんとなく、ケフィアはよさそうな気がします。

 ただ、味は全く甘さがなく、酸っぱいです。が、そのまま飲む他のお薦めの使い方はしたことがありません。

 ドレッシングに入れたり、パスタのソースにしたり、ソルベにしたり、ムースにすることもできるんだそうです。そこまで活用しなくても、そのまま飲めばいいような気もしますが、工夫したい方はいかようにもどうぞ。

 この他にも、別の乳酸飲料を取ったり、錠剤を飲んだりしているので、相乗効果なのか、ケフィアだけがいいのかについては、なんとも言えませんが。

 でも、ケフィアを取り入れた後は、よい気がするので、ケフィアはしばらく飲み続けてみようかと思います。

 そう思っていたら、さっき、宅配で新しいケフィアが届きました。

微熱、ふたたび。

 春先に微熱が続いていたのですが、ここ数日同じような状態になっています。が、違う点は、春に飲んだらたちどころに熱が下がった薬がまだ手元にあったので、飲んでみたんですが、少しも効かないところです。薬、腐っているのかもしれません。無味乾燥でしたが。薬効が知らないうちに切れていたのでしょうか。

 新型インフルかもしれないと思ったのですが、熱、それも微熱があるだけで、その他の症状はないので、違うような気がします。

 腐っているかもしれない薬が効いて、せめて熱だけでも下がれば、少しは楽なんですが、期待できそうもないので、明日はそのまま暮らしてみることにします。

 微熱も続くと、からだが慣れてくるので結構大丈夫だったりもします。気がつかなければ気がつかずに済むこともありますから。

 薬をもらいに不用意に病院に行くと、感染する病気をもらってしまいそうな気もするし、時間もかかるので、しばし、このまま様子見ですね。要は過労なんですけど。

2009年9月12日 (土)

ほとんど終電帰宅に…

 なにゆえ、こんなに仕事が片付かないのかについて、職場の人と検討していたところ、帰りが遅くなってしまいました。でも、参考になりました。

2009年9月10日 (木)

おかきさん、ふわふわは卒業ですか?

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 ふわふわだったおかきさんですが、最近、ふわふわではなくなって来られました。

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 鳥のヒナみたいですが、大きくなると、ふわふわはヤメになるのでしょうか。

 そう思ったら、飼い主の方が、おかきさんが最近心労が溜まってふわふわが抜けたとご自身のブログで説明されていました。

 おかきさん、いろいろと心労があるのですね。

 これは、何をしようとしておられるのでしょうか。

 「ちょっと前をすみません」って感じ?

 「ささっ、こちらへどうぞ」って感じにも見えます?

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 あの、おかきさん。その毛皮の前の合わせ目のあたりがとっても素敵ですね。

2009年9月 9日 (水)

スサミギミです。

 荒み気味、ですね。

 理由は、昨日も書いたように、なかなか仕事から帰れないからです。そうは言いながら、今日はほとんど定時に帰りましたよ。ただ、なんか、後ろめたいような気持ちを覚えるわけです。そういう感じを自分で持つということに、なんだか、荒んだ気分なのでしょう。

 だって、別に悪いことをしているわけでもないし、お昼も席で仕事してたし、できるだけ、仕事を進めつつ、できるだけ、早めに帰宅したいと思い、できるだけの努力はしているつもりだからです。

 同時に進めなければならないことがたくさんで、この人の能力では、too much なんだと思います。すでに。

 それなのに、さらに何かを言いつけてきそうな感じがしてきて。

 今日は、こっちが危うく「ワンワンッ!」って言いそうになりました。

 明日は、言っちゃうかも。気をつけなくては。

2009年9月 8日 (火)

ちっともダメでした。

 朝の誓いを胸に、お昼も机に向かいつつ食事をし、なんとか定時帰宅を目指していたのですが、結果はダメでした。む~。

 帰り際に、後ろと前から話しかけられましたことが直接の理由ですが、なかなか山積している仕事が減らないのが根源的な理由です。

 が、この人が怠慢なのかというと、おそらくそうではなくて、今日だって、一応、あれこれと片付けたのです。

 しかし、まだ急ぎでやらなければならないことが、たくさん残っています。

 キー。

 そんなことで、首尾よく帰れませんでしたが、明日はがんばってみます。

眠いよう眠いよう、だけど、仕事です。

 昨夜眠ったくらいじゃ、あまり回復できていないようで、今も大変眠くてだるいですね。久々です。

 まぁ、でも、今日もあれこれあるので、行かねばなりますまい。

 今夜は早めに帰ろうと心に誓って、ここにも書いて、今夜はゆっくりしたいもんです。

2009年9月 7日 (月)

今朝は早めに行きました

 朝のうちにしなければならない用事があったので、早めに出勤しました。昨夜はあまり眠れなかったので、今日は朝から眠いわだるいわで、ハードな一日でした。

 ついでに、出張もあり、出張のせいで朝も早く出勤したわけですけれども、出張先は蒸し暑く、もうダメかと思いました。比較的よくもうダメかと思っているような気がしてきました。この人の日常でしょうか。

 それにしても、日本の教育現場って、本当に管理的ですね。久々に、強く感じました。いやなことはいやと言う、というのをある意味教えているはずなのに、それを教えることを相当強制しているという皮肉…。

 お昼に食事に入ったお店で、「あたしゃ、B29が飛んでくるから、早く食べろって言われて、ご飯食べるのはすごく早いのよ。だけど、最近では、ゆっくり時間をかけて食べるのがいいことになってしまっていて」と80歳くらいにはなられているのではないかとお見受けする、すごく元気な女性が連れの方に向かってお話になっている会話がとてもおもしろかったです。残念ながら、あまりたくさんは覚えていないんですけども。

 B29が飛んでくるから、早くご飯を食べるっていうのも、すごい時代経験ですね。

2009年9月 6日 (日)

意見を言わない子どもが、いい子ども?

 東京新聞にあった記事なのですが。

 イギリスの子どもは、自分の「処遇」について、堂々と意見を言えるのに、日本の子どもは言えない子どもが圧倒的多数だそうです。

 自分の意見を言うことを励ましたり歓迎されたりする文化と、逆の文化の影響なのでしょうか。

 普段、意見を言わなくても、特別不利なことにならない場合はそうでもないかもしれませんが、意見を言わないと不利益な扱いを受けるような場合にも、言わない(言えない)のであれば、非常に問題だと思いました。

 やなことは「ヤダ!」と言えるかどうかは、日本の場合、子どもだけの問題ではないように思います。

 子どもは、周囲の大人の様子を観察して、真似をしているだけなのかもしれないと思いました。

 子どもに真似されても恥ずかしくない大人であるか、というのは、この人(=私)にも全く自信がありませんが。

 変な子どもになら、なれるかもしれません。誰もなりたくないか。

8

2009年9月 5日 (土)

またチィサィがいないぞ。

ねこ:ぉぃ、にゃんだ

ネコ:……

ね:おい、にゃんだ!

ネ:……

ね:にゃんだ!

ネ:っ!にゃんだ?

ね:ォマェは、またぼんやりしてるのか?

ネ:ちょっと考えてた

ね:何を考えてたんだ?

ネ:チィサィがなんで小さいか、だけど

ね:…そうか

ネ:うん

ね:……

ネ:にゃんでか?

ね:それは、子どもだからじゃないのか?

ネ:うん、でも

ね:どうしたんだ?

ネ:他の子どもは、もう少し大きくなってるから…

ね:そうか

ネ:うん

ね:他の子どもにも会いに行っているのか?

ネ:うん、昨日巡回してきた

ね:巡回…

ネ:みんなだいたい同じくらいの大きさになってた

ね:そうか

ネ:うん、まだ子どもだけどな

ね:そうだな

ネ:チィサィは

ね:うん

ネ:小さいままだな

ね:そうかなぁ?

ネ:なんとなく、小さい

ね:そのうち、大きくなるんじゃないか?

ネ:そうかな

ね:うん、少し他の猫とペースが違うんだろう

ネ:ペース?

ね:うん、大きくなるペース、だ

ネ:ふ~ん

ね:……

ネ:……

ね:…あ

ネ:にゃんだ?

ね:ォマェ、チィサィは?

ネ:ん?

ね:どこだ?

ネ:あ

ね:?

ネ:そういえば、いないな…

ね:…ォマェ…

ネ:チィサィのこと考えてたけど

ね:うん

ネ:チィサィがどこにいるのかはわからん

ね:…いつから居ないのかな?

ネ:…だいぶ前?

ね:…ォマェは~

ネ:散歩に行ったのかな?

ね:だけど、もう随分時間が経つんだろう?

ネ:うん

ね:また、どっかの木に挟まったりしてるのかもな

ネ:…チィサィ

ね:しかたがない、ォレが探してくるから

ネ:そうか?

ね:うん、だから、ォマェは、ここにいろ

ネ:わかった

ね:チィサィは、どこかな

ネ:あっちのほうかな

ね:じゃあ、あっちを探してくるから

ネ:うん

東京モノレールから観た景色

 東京に戻ってきたときに、モノレールから撮影した景色です。モノレール、停車駅が少なくなって快適でした。

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マージナルな位置から、通訳をしました。

 この人(=私)の仕事ですが、要求されれば大体のことはやることにしています。もちろん、できることしかできませんが(当たり前)。

 この人の職場の人たちが、別の世界の人からヒアリングをするという機会がありました。職場の人たちは、その業界の人たちにとっては当たり前の話について、大変驚き、すぐには理解できなさそうでした。

 この人は、これら2つの世界の境界に居るような存在なので、お話自体にはさほど驚くようなことはありませんでした。が、今いる世界の人たちが新鮮に驚いたりショックを受けていることを観察して、それを新鮮に感じました。

 同じ日本語を使っているので、会話は通訳なしに成立するのですが、同じ単語を使っていても、それが指し示す意味がかなり違う場合、あいだに誰かが立って、共有していない前提について説明しなければなりません。

 この人が、それを十分にできたとは思いませんが、少なくとも、両方の世界では、互いに言わなくてもわかる前提があること、それは相手方の常識とはかなり違うということを確認することはできたかと思います。

 ヒアリング対象の話は、聞いた側にとっては、ありえない話なのです。が、本当なのです。その辺の認識のギャップというか、事情への疎さが、悪気はなくとも通じない状態につながり、その人たちが求めていることを適切に理解できない事態を招いているのかもしれません。

 この人も、まだうまく言語かできていないこともあるので、事情を知らない人たちに対して懸命に説明しても、実感を伴って理解するのは本当に難しかろうと思いました。

エクセレントな珈琲を召し上がりました。

 ワンパターンなこの人(=私)の日々ですが、本日は土曜日でしたので、筋トレに行って、珈琲を召し上がりました。

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 エクセレントな珈琲だそうです。いや、違う名前だったかも。忘れましたが、カップがいつもと違う高級感を出しています。味は…この人にはあまりうまく判別ができませんが、なんとなく、おいしいような気がしました。

 筋トレは、測定をしてもらったところ、筋肉が増えているような感じでした。が、これも、気のせいかもしれません。

 さほどの感想もありませんが、まぁ、行くって決めた日には淡々と行くってことで、しばらくはいいんじゃないでしょうか。

なかなか帰れません。

 今週ははじめに休みをとっていたので、仕事に行った日は少なかったのですけども、その分、あれやこれやがありまして、今日なんか、遅くなっちゃいました。帰れなくなると困ると思って、急いで帰ったくらいです。あ、門限じゃなくて、終電ですね。

2009年9月 1日 (火)

母の宿敵。

 この猫は、母の宿敵です。玄関の扉を開けて入ってくるので、最近、玄関のカギをかけておくことにしてあるそうです。

 この写真は、玄関前に猫が待機して、家に入る隙を伺っているのを見つけたところ、柵の向こう側まで退却して、こちらの出方を観ているところです。

 全部、違う写真ですが、微動だにしないところが、この猫の根性を物語っています。

 近所のいくつもの家にも出没して、あれこれやらかしている猫らしいのですが、母ほど、この猫に真摯に向き合っている人間も珍しいのではないでしょうか。見つけるたびに、真剣に追い払おうと努力しています。

 猫のほうも、恐怖刺激として楽しみにしているのではないか、という気がしました。

 母が真摯に猫と向き合い、あれこれ策を講じることを通して、猫を鍛えている。そんな風に、この人(=私)には、思えました。

 共に暮らしている人間たちも、母と猫の闘いに巻き込まれて、玄関の施錠を厳しく守らされています。規律の厳しい日々です。

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呪文か、にゃんだ。

ネコ:ォマェ?

ねこ:……

ネ:ぉぃ、ォマェ?

ね:……

ネ:にゃんだ?

ね:ぅ……

ネ:ォマェ?どうしたんだ?

ね:ぅ~ん

ネ:あ?

ね:なんか、からだが変で…

ネ:お腹が痛いのか?

ね:ぅ~ん、お腹じゃないかな…

ネ:じゃあ、にゃんでか?

ね:…なんでだろう?

ネ:……

ね:……

ネ:ォマェ、寝たら?

ね:うん、そうだな

ネ:……

ね:……

ネ:…ォ~マ~ェ~

ね:……

ネ:ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~

ね:?

ネ:ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~

ね:??

ネ:ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~

ね:…あ、あの

ネ:にゃんだ?

ね:それは、なんだ?

ネ:ォマェが寝るように

ね:……

ネ:ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~

ね:……

ネ:ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~ねこ~~

ね:…あのぅ

ネ:あ?

ね:…それは、呪文か?

ネ:いんにゃ~ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~

ね:…じゃあ、なに?

ネ:子守唄~~ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~

ね:子守唄?

ネ:ォ~マ~ェ~~ねこ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~治れ~~

ね:にゃ、にゃんだ…

ネ:ん?

ね:…せ、せっかくだけど…

ネ:うん

ね:かえって眠れないんだけど

ネ:にゃんでか?

ね:いや、気になって…

ネ:気にしなくて、いいぞ

ね:ぃや……

ネ:ォマェ~~

ね:……

ネ:ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~

ね:……

ネ:ォマェ、寝たか?

ね:ぃ、ぃや

ネ:ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~

ね:……

ネ:ォマェ、寝たか?

ね:……

ネ:ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~ォ~マ~ェ~~ォ~マ~ェ~~寝ろ~~

ね:……

ネ:ォマェ、寝たか?

ね:…ぅ、ぅん、寝た

ネ:そ、そうか

ね:ぅん

ネ:……

ね:……

ネ:…やっぱり、子守唄はいいな

ね:……

9月になりました。

 ぼんやりしているうちに、9月になっていました。ここ2ヶ月ほどはなんだかあっというまでしたね、この人(=私)にとっては。

 季節もすっかり秋の様相ですねぇ。早いです。

 気が付いたら9月になっていた、という発見です。なんとも。

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