健康は、権利なのか、義務なのか、わからなくなっている人にお薦めしたいですね。
健康不安社会を生きる (岩波新書) (新書)
飯島 裕一 (編著)
新書: 184ページ
出版社: 岩波書店 (2009/10/21)
この本は、インタビュー本なんですよ。だから、話し言葉で構成されておりまして、読みやすいです。
おもしろいのは、健康というものが、権利から義務になっていった経緯を批判的に論じている「第Ⅰ章 健康不安社会」、これを食べると痩せるとか、健康によいなどという「健康情報」に振り回されている人々と振り回す情報を流すことで利益を得ている業界について、「フードファディズム」という言葉を使って説明している節を含む「第Ⅱ章 健康情報をつきあう」のほか、「第Ⅲ章 健康づくりの光と影」では、最近流行の「メタボ」という状態への疑問などでしょうか。
健康はいいことで、健康は個人の努力にかかっていて、健康を維持するのはどれくらい自分を律することができるかという点で評価されるものである、というのが、昨今の日本社会の状況ですが、「健康」とはどういう状態のことなのか、本当に「生活習慣病」などというものがあるのか、病気の回避はどの程度可能なのかなど、丁寧に考えなければならないことは、すっ飛ばされている感があります。
フードファディズムについて書かれているところは、納得のいくものでしたし、何かひとつの食品を食べれば、たちどころに痩せたり、何かの症状がよくなったり、特定の病気を予防できるといった考え方が、いかに単純なものかということを、再考させられるものです。
いくらなんでも、「明日までに5キロ痩せたいんですが」と、ややふくよかな人から相談されたとしたら、誰でも、「いや、それは、無理だから」と言えると思うんです。
それが、バナナを食べることとか、納豆を食べることとか、その他の食品を食べることで、ひと月で3キロ痩せるとか、そういう話になってくると、つい判断力が低下してしまうんですよね。
その辺の、なんとなくありそうな話、あるといいなぁと思う話、を、楽して痩せたい、という気持ちとの相互作用が、おかしなダイエット理論を跋扈させることになるんでしょうか。
やや心が弱っているときとか、疲れているときなどには、こういうちょっと希望のもてる変な情報に引き寄せられやすいような気がします。
自分が弱っていないかをきちんと把握できることも、「健康」の前提条件かもしれません。そっちのほうが重要な気も。
「健康」じゃないと、捨てられてしまうのでは、という不安を感じさせやすい社会状況と、健康でない人のセーフティネットがあるんだか、ないんだか、いまいち、よくわからないことが、変な信仰を呼び寄せてしまうんですかねぇ。
変な情報を信じずに、適切な情報を見分けるリテラシーが大切ですね。
この人(=私)の言っていることも、このブログも、十分に疑ってくださいませ。
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