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2012年5月 7日 (月)

次世代に熱烈に伝えたいものがありますか?~少子化対策と、次世代育成の欲望について~

 勝間和代さんの最新刊『「有名人になる」ということ』を読みました。

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 最新刊のうちに、感想を書いておきます。

 っていうほど、最近は、次々に出版ということもなくなり、ちょっと落ち着いているので、この人(=私)としても、落ち着いて書けます。

 本書は、会社を辞めて独立し、お仲間と設立された会社の事情もあって、「有名人になる」というプロジェクトに取り組まざるを得なくなったという事情が説明されます。ここ数年で起こっていた世界の経済状況が、こんな風に影響を与えていたという事には驚きました。

 しかし、なんとか生活していくための経済手段を考えたときに、「有名人になる」という選択肢があったということに、考えてもみなかったなぁとこの人(=私)は思いました。

 御自身の有名人プロジェクトを通して経験したこと、さらに、有名人になることによって有名人の友人・知人から教えられたことも踏まえて、「有名人になる」という経験がどんな経験で、かつ、どのような変化をもたらすのかを考察されています。

 当然、変化はあるわけですが、その変化は、収入をはじめとする経済面、ソーシャルネットワークなどの人間関係面、さらに、有名人になるからこその心理状態などの内面変化についても考察され、御自身の経験や心理状態については、かなり率直に書いておられます。

 一方で、友人・知人などから聞くこともあったかもしれない有名人(芸能人)暴露話のようなものはありませんので、そういうことを期待されているのであれば、本書は適当ではないと思います。

 そういう点で、ゴシップ的な内容ではありません。

 また、有名人業界はもとより、出版業界についても、いろいろと考えさせられることもありました。ちょっと余談になりますけど、出版業界や書店が経営がきついことについて考察した『だれが本を殺すのか』(佐野眞一著、プレジデント社、2001年)などを思い出したりもしました。

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 さて、もとに戻って。

 一般に、言われてみれば、「なるほど、そうだね」と思うことも、誰かが言語化しない限り、言語化して捉えることはあまりありません。また、言われるまで、「気がつかなかった」と思うことも多くあると思います。

 言語化して指摘されてみれば、さも当り前のことのように思えることを言語化してみる、そういう作業は、社会学者などがフィールドワークを通して、あるいは、理論を提出することを通して、これまでも行ってきたことだと思いますが、本書を読んで、社会学的な要素を感じました。

 アンチファンの活動については、書評などに悪意を感じる文章が載ったりして、勝間さんが懸命に対処されているのは、この人もブログなどを読んでおり知っていましたが、悪口チャンネルというか、そういった悪意に満ちたサイトなどには、あまり近づかないため、今回初めて知ったこともありました。ひどいことを言う人がいるもんです。

 最後のほうに、「鼻の穴」ということについて、言及されていますが、なぜ、そこまで言われなければならないのか、それが不思議でした。

 まぁ、この人は、熱狂的な好きや嫌いがほとんどないので、そういう平坦な感情世界に生きていると、熱狂的に好きで好きでたまらないというファン心理もわからなければ、存在そのものが嫌いだ、とかいうのも、なかなか理解することが難しいのです。

 そういったやや平べったい感情世界、それがいいかどうかは別として、有名になるということは、自分のことを大好きな人も増やすと同時に、大嫌いな人も増やすんだということが、よくわかりました。

 このことを「ただ飯はない」と言い切れれば、有名になることに、ポジティブに果敢に立ち向かって行けるような気もしますが、そっとしておいてほしい、とか、あまりそんなに関心を持ってほしくない、という人には、とても、向いていない世界なんだなということもわかりました。

 割と目立ちたがりだったり、自分に関心を持ってもらいたがる人の比率が多いだろう有名人業界でも、勝間さんの考察のように、心身のバランスを崩していく人が多かろうことは、また、そのために、何か超然とした現象や人にすがったりする人が多いことは、よく知られていることです。

 反対に言えば、もともとそういう人じゃない人には、厳しい世界だと思いました。有名になりたい人の類型も興味深く拝見しました。

 勝間さん御自身の申告によれば、上述に関しては、できればそれほど関心を持たれたくない性格のようなのに、やむにやまれぬ事情があったとはいえ、このプロジェクト、よくここまでがんばってこられたんだなと思いました。

 勝間さんとは全く関係ない話題ですけれども、最近話題の「二股疑惑」の方ですが、ネット情報によれば、それまでも、誰にでも(?)すぐに(?)「結婚しよう」と言っちゃう人だったそうですが。
 しかし、大手の芸能事務所に所属しているうちは、あそこまでバッシングされることはなかったらしいです。というか、そういう情報を事務所のほうでブロックしていてくれたか、芸能マスコミのほうが大手の事務所であることに配慮して、そういう情報を書きたてなかったのではないか、最近になって、その事務所からは独立したことで、あの一連の報道が出てきたのではないかという記事を読みました。

 タレント活動をするのであれば、芸能事務所に所属したほうが、そういう情報管理の点でも得らしいことは、一時すごいバッシングが起こっていた野村さちよさんの例(ひどいバッシングも、大手事務所に所属した途端に止んだとか)でも言えることかもしれませんね。


 本書の中では、勝間本の売れ方とか、支持者の類型が示されているのですが、自己判断では、この人は、勝間さんのこと自体を好きかどうかについては、かなり中立です。なぜかと言えば、そういったことをこの人が判断するのに足るほどには、よく知らないからです。

 しかし、ご主張やご活動の趣旨には賛成し支持かつ応援したいと思うものも結構あります。さらに、御著書に関しては、内容がよさそうだと思ったら、買ってでも読む、という立場だと思います。

 で、アーリーなのか、レイトなのか、ということについては、自分ではよくわかりません。

 こういった消費者としての類型、選択理論については興味深かったですし、「終わコン」については初耳で初めて意味を知りました。こういう省略形って、何を略しているのかがよくわからないので、ついていくのが大変です。

 もう少し説明があってもよかったのではないかと思うのは、有名人になることによって信用が得られて人間関係が広がっていくというあたりです。おそらく、有名になることにより、自分から相手に近づいていかなくても、相手のほうから傍によって来てくれたり、知られているため、何かの役割に抜擢されたりすることにはなりやすいということはわかります。

 しかし、果たして「有名人」だから信用がある、とまで、すぐに言えるのでしょうか。
 言えそうな気はします。でも、それがどうしてなのか、もう少し詳しく説明してほしい気もしました。

 これまで読んできた中で、初期の『インディで行こう』は、あまり出版数もおそらく多くなく、書店で見かけることもないうちに、図書館で見つけて読んでしまいましたので、買っていません。改訂してタイトルが変わったものについては、Chabo!ブックだったので、買いました。

 他にも、なんだかんだで、初期の頃の御著書は結構買っては読んでいて、こう書くと、「カツマ―」なのかと思われるかもしれませんが、自分では、定義を正確に知らない以上、なんとも言えないというところでしょうか。

 『断る力』は、アサーティブについて説明したりする際に、薦めるのにちょうどよい本です。中に、それまで参照していた書籍情報がいろいろあるし、勝間さんの「いろいろな知識をわかりやすくまとめる能力」が十分に活かされ、コンパクトにまとめたものになっているからです。表紙で話題になったことは、セールスにはよかったのかもしれませんが、もともとのアサーティブの考えを広めたいという趣旨からすると、その目的が達成されたのかどうか、よくわからず、この人はそのへんが気になっております。

 むしろ、読んでいないものを挙げたほうが少ない気がしてきたので、そっちにシフトします。
 基本的に、読者層を広げようとして、それまでの路線を変更されたあたりからのものは、あまり買っていないし、読んでいないと思います。すべてを知っているわけでもないかもしれませんが、『キレイが勝ち』や婚活などを推奨されているらしい御著書、旅に出て学んだ御著書などなどです。内容を見ていないので、なんとも言えませんが、このあたりの出版と、バッシングの盛り上がりが重なっているのでしょか。

 ブレーク後では、そのあたりが、この人の空白地帯ですが、初期の頃のもので、気になりつつも、最近まで読んでいなかったものがあります。

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猪口さん、なぜ少子化が問題なのですか? (ディスカヴァ-携書) [新書]

 これは、以前から存在を知りながら、最近になって読んでおもしろかったので、ここに記しておきます。
 2004年当時、当時、初めて創設された少子化担当大臣であった猪口さんに勝間さんが、タイトルどおり、なぜ少子化が問題なのかを様々な角度から質問した対談本なのですが、2012年の今から思えば、当時、もっとがんばっておけば今の状況はもっとよかったのかもしれないのに・・・と思いました。

 ともかく。

 今さらなので、過去を嘆いても仕方がないと思います。

 本書では、少子化をめぐる問題をわかりやすくデータも示しながら解説されているので、今からでも、勉強したい人にはお薦めです。

 この人が一番心に残ったのは、少子化と子どもに伝えたい確固たる信念とか文化とか知識がなくなってしまっている大人についての猪口さんの指摘でした。はっとさせられました。

 少子化することの、社会システム的な議論はこれまでにもあちこちで語られていたわけですが、文明論的な、世代論的な、次世代に伝えたい何かという視点からの発想は、この人にとっては、初めてのものだったのです。

 具体的には、以下のように、語っておられます。

敗戦による勝ちの断絶が少子化につながっている(176-181)

猪口 きちんと分析したことはありませんが、それは、文化の伝承ということにうtながっているのではないかと・・・・・・。わたくし自身が、家庭を持ち、子どもを育てるなかでつくづく思うのは、人というのは、いろいろなものを将来世代に伝承していきたいと願うものなんだということです。それは、自分の有限を認識するからなんですね。その有限なる生の中で伝承するに値する何かを知っていると思うからです。
 何を伝承するかといったら、たいていは、ごく普通の、生活上のことです。たとえば、どのように食卓をしつらえるのか、本はどう整理しておくべきか、来客があるときはどう対応するのか、友だちとの間に何かあったときには、どんなふうに解決していくのか・・・・・・直接的に日常的に、生活の中の最も平凡な時空において伝えられていくことって多いと思うんです。
 だから、家庭の中で育つというのは、非常にたくさんの情報を保護者から得て行くということなんだと思います。
 とすると、ここで問題となるのは、そういう伝承すべき価値や伝承していきたいという欲求がわたくしたちにあるのかどうか、ということです。もし、そういう欲求があれば、どんな形であれ、それを伝える対象、つまり、子どもが視野に入ってくると思うんです。実子であっても、養子であっても。あるいは、共同体として近所や親族の子どもたちに、もっと関心を寄せると思うのです。

 ここで、遠回りの話をすれば、敗戦経験というのは、生活文化のある種の断絶をもたらしたのではないかと感じます。
 親の世代が伝えたいと思うものがなくなってしまったのかもしれません。そして、自分が知っていることについて自信がないから、将来世代に伝える内容として認識していない。むしろ、自分は新しい文化価値を生きる最初の世代だから、次の世代である子どものほうがもっとそのことを知っているだろう、とさえ思ってしまう。むしろ親が、子どもから教えてもらいたいという感じなのです。
 だから、子どもがおかしいことをやっていても、そうじゃない!の一言を強く言うだけの自信がありません。他方で、戦後の社会発展を踏まえ、民主主義の本質について自信を持って説教する意欲があるというわけでもないようです。
 自分が伝承するものを強烈に持っていて、それを伝承したいという強烈な欲求を持つ、それが遮断されてしまったことが、敗戦がもたらしたもっとも深い文化的な影響の一つだとわたくしは感じます。

 ここで、戦前のいろいろな生活様式が伝授される必要があると言っているのではありませんよ。重要なのは、その世代の、自分たちは伝承すべきものを持っていないと思う、その心許なさ。そして、彼らに育てられた世代の、諦めというか、自信のなさのようなものです。その世代が、心許ない思いをしたまま、今、四十代にさしかかろうとしているのです。

 敗戦によって、それまでの生活文化が止まり、同時に、欧米式の生活様式が日本の生活様式に代わるものとして、いっせいに入ってきたわけです。
 たとえば、テーブルセッティング。テーブルクロスをかけ、カトラリーを用意してテーブルクロスをかけ、課トラリーを用意してテーブルセッティングをすることなど、親は子どもに強く言えないんです、だって、自分だって自信がないわけですから。そもそも、それを自分たちの生活スタイルだと感じていないかもしれない。いずれにしろ、伝えていくだけの情熱はないわけです。他方で、和食のは以前もスタイルとしては崩れてしまっている。
 次世代への伝承の情熱の喪失は、日本社会の、子どもや若い世代についての関心のなさと、どこかで関係があるかもしれません。

はたして今、次世代に自信と情熱を持って伝えていきたいものを有しているのか?

勝間 つまり、情熱があれば、それを伝える相手が、自分の産んだ子であろうと、養子であろうとかまわないはすだ、ということですか?

猪口 自分の直接の遺伝子を持つ子ではなくても、いっしょに暮していれば伝承はできるわけですからね。自分の血を分けていなくても、とにかく次の世代に伝えなければならないという願いが生じるのだと思います。
 アメリカという国にはそれがあるんですよ。たとえば、建国の理念である自由と民主主義について、国内のみならず、民主主義ではない地域から養子をもらい、民主主義というのはこういうものだと伝承していきたいと思う情熱があります。

勝間 ある意味、教育制度と問題はいっしょかなと思いますね。

猪口 そうなんです。親にも教師にも、教える側に自信がないわけですから。客観的な知識は別として、人間として、生活者として、市民として、教える内容に自信がないということから、たとえば、子どもに進路を自分で決定させる、その方法まで自信がないわけです。大人の社会として自らが有する最良のものを将来世代に継承していくという意志や欲求が回復していくことは可能なのでしょうかね。

勝間 そこで、やはり疑問としては、常に、わたしたち日本人の自信というのは、経済的発展と表裏一体のものだったように思うのですが。

猪口 ほんとうは、経済的に貧しくても、生活文化には、伝承できる部分も少なくないでしょう。貧しくても、自分の子に自分の知りうる最良のものを伝えてもらいたい。
 敗戦という経験を経て、それまでのことが否定された一つの世代の生活。今、それを取り戻すには、ちょっと特殊な日本的な捜査をすることが必要でしょうね。つまり、生活文化の要素は日本のもので、社会的価値は民主主義で、と合わせてやってみるんですよ。

 この対談本を読んでいて、出版社が同じディスカヴァー21さんだということ、さらに、販売価格が同じ1000円だということがわかりました。
 この人は、『猪口さん・・・』を再興したいのですが、どうなんでしょうか?すでに、対談のときに語られていた今後5年のうちに状況がよくならなければ・・・の5年を過ぎています。たとえば、猪口さんに再度御登場願って、勝間さんと再度その後の状況について対談していただく企画があれば、ぜひ、その本を読みたいです。

 また、猪口さんが難しければ、今、特に政権の中におられる方か、政治家でなくとも、行政官の方との少子化や子育て支援を対談するなども、おもしろいと思うんですが。この人は、そういう本が出たら、ぜひ読みたいです。

 この人が、対談本が好きなことと関係あるかもしれませんが、施策や少子化のように様々な原因が複合的に絡み合って単純には解が見つけにくい話題は、一人の著者が文章にすると、固くなりがちで、わかりにくいものになりやすいと思います。

 その点、対談本は、相手がおり、その人に伝わるように話すわけですから、内容としては難しいことを含んでいても、質問によって、説明をしなおしたりする点で、読む側にも助けとなります。

 今あるかどうかわかりませんが、ブック&トークだったラジオ番組も、対談本としてはおもしろいのではないかと思います。

 最後に余計なリクエストでしたが、『「有名人になる」ということ』より、『猪口さん・・・』のほうが、この人としては、人に薦めたいものでした。

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