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カテゴリー「Summary」の65件の記事

2012年5月15日 (火)

沖縄返還40周年なのですね。

 40年前の今日、沖縄県が日本に「復帰」し、パスポートなしでも行けるようになったのですね。

 この人(=私)の職場付近では、昼前から雨でしたが、沖縄では熱い人々の思いが高まっていたのですね。

 基地問題、基地依存経済、基地周辺での女性に対する暴力の問題などなど、これから解決していかなければならない問題がたくさんありますね。

 基地の無いところにも、原発依存という名前の依存経済がありました。

 いずれも、依存しない経済、より立場の弱い人間やイキモノにシワ寄せをさせないような、脱依存経済のために、どういう産業とか、雇用などを創出していったらいいんでしょうね?

 沖縄の答えのひとつは、クールビズに合わせてかりゆしウェアを普及させることなのでしょうか。

 原発からの脱依存のためには、どういう方策があるのでしょうかね?

 沖縄の問題であると同時に、沖縄だけの問題ではない、依存経済から自立&自律経済につなげるために、何か考えてみたいと思います。

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2011年12月 3日 (土)

毎日召し上がっていますが~最近のお召し上がり物~

Ca391990


 最近、少し糖質を控えめにしているこの人(=私)なのですが、そうは言っても、あまり選択肢がないので、無理はしないことにしています。

 今朝は、焼き鳥のももを塩味で召し上がり、その後、仕事Rに出かけました。

 お昼には終わったのですが、帰ってきて、召し上がったヒルゴは、上のとおりです。おいしかったです。

Ca391984

 これは、先日のヒルゴですが、かなりのボリュームでしょう?

 和風ハンバーグ定食でしたが、頼んでもいない海老フライとか、納豆パックとかが付いており、驚きました。調子づいて食べていると、豊満さもいよいよ限界に近付くのではないかと思われます。

 このお店、職場の人たちと出かけたのですが、別のメニューを頼んだ人にも、納豆と海老フライは付いてきていました。意図は何かがわかりませんが。


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2010年10月23日 (土)

労働者ではなく、消費者で捉えろ、という発想。

20101003

 最近注目されている書籍ですね、『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』(藻谷浩介、2010.6)です。

 この人(=私)も、タイトルだけを聞いて、最初はあまり関心を持たなかったのですけども、内容をちらっと聞きまして関心を持ちました。

 本書は、とてもおもしろいです。第1講から第8講までが、現在の日本社会で信じられている経済対策へのこれでもかというくらいたくさんのデータを用いた反論となっており、第9~11講では、「では、どうすればいいのか」について、①「高齢富裕層から若者への所得移転を」、②「女性の就労と経営参加を当たり前に」、③「労働者ではなく外国人観光客・短期定住客の受入を」として、それまでの問題提起に総合的に答える形での処方箋が示されています。
 第11講の後は、補講があります。ここでは、著者の「自説」が展開されています。

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2009年2月 5日 (木)

「父親の仕事と子育て応援シンポジウム~ワーク・ライフ・バランス(WLB)支援は、企業と社会の明日への投資~」聴いてきました。

 ここでご紹介しましたように、本日は「父親の仕事と子育て応援シンポジウム~ワーク・ライフ・バランス(WLB)支援は、企業と社会の明日への投資~」でした。話を聞いてきました。

 『「父親のワーク・ライフ・バランス」ハンドブック』も印刷されまして、本日の参加者には配布されました。PDFでも公開されていますが(ここ)、冊子が欲しければ3月31日までに連絡すればくださるようです。

 この冊子は、先日ご紹介した『父親ハンドブック2008』(ここ)と同系列のもののような気がします。ただし、WLBの部分が強調されているところが相違点でしょうか。さすがに、今年度の厚労省委託事業「男性の仕事と育児の両立意識啓発事業」で作成されただけはありますね。

 シンポジウムは大きく3つのパートから成っていました。最初に20分程度の佐藤博樹さんによる基調講演、次に佐藤さんコーディネートによるパネルディスカッション①。ここでは、2つの企業の担当者からそれぞれの会社での制度の説明などがあり、JEC連合という大きな連合のなかの産別組合をやっている方からの報告、そして、厚生労働省の課長さんの話でした。

 ここまでは、まぁ、よくある男女共同参画系のシンポの構成でした。内容についても、私にとってはさほど目新しい情報はありませんでした。あ、もちろん、よろしいお話でしたけども、どの方も。

 休憩を挟んだ3つ目の部分が今日のハイライトでしたね、私にとっては、ですけども。内容は、最近この業界で引っ張りだこのファザーリング・ジャパンの代表安藤さんと、ご自分で作った会社にまでワーク・ライフバランスの名をつけておられる小室淑恵さんをコーディネーターに、現役子育て世代の男性で育児休業を取った2人の方、管理職者として壇上に上がられた2人の男性という構成でのパネル・ディスカッション②でした。

 おそらく10年くらい前までは男性で育児にかなりの程度かかわる方というのは、いわゆる特殊な職業の男性、たとえば、自由業(作家の方など)や研究者など、比較的裁量労働的に働いている方で奇特な方がなさるようなものだった印象があります。が、本日登壇なさった方も、ハンドブックに体験記を寄せておられる方々(全部で9つのケースを紹介)も、もっとマジョリティである一般的なサラリーマンなのです。その辺りが遅々として進まないと言いながらも、少しずつ男性が育児休業をとることが広がっているのだと思いました。

 育児休業をとった男性ご本人がそのことによって、どのような経験をしたのか、それによってどのように認識を改めたのか、それが復帰後の仕事にいかにプラスになったのかなどを実感をもって語られたのは非常に説得力があることだと思いました。このようなお話を直接聞く機会をもつと、これまでなかった男性の育児休業取得のロールモデルが提示されるので、今後子育てをする可能性のある男性たちにとっても、選択肢の1つとして考慮対象になるのではないかと思います。

 以前、勝間和代さんと西原理恵子さんの毎日新聞紙上対談で、女性が夫に言われてもっとも腹が立つ言葉が家事に関して「手伝おうか?」という当事者意識の欠如であるという点を興味深いと書きましたが(ここ)、それが本日は男性たちから同様の言葉が聞かれました。これも、興味深かったです。それと、育児休業を取得して妻は働いている男性が子育ての孤独さのためにやつれてしまっている事例などの紹介もあり、「性別ではなく、誰でもひとりで子育てをすれば、孤独になる」とおっしゃったのもよかったですね。当たり前ですけどね。なかなか理解されにくい面なのかもしれません。

 さらに、かなり貴重な機会だと思ったのは、直接の取得者ご本人だけでなく、男性管理職の方が来て、お話になったことでした。お話は非常によかったのですけども、それも、その企業ではうまく行っているからだと言えるかもしれません。それでも、管理職、とくに男性だと部下の男性たちは申し出る前にあれこれとダメだと言われるのではないかという想像をしてなかなか言い出しにくいようなのですが(実際、体験者のおひとりはそうおっしゃっていました)、言いだしてみるとすんなりと通ったり、申し出たのが2ヶ月だったのに、管理職男性のほうが「どうせなら4か月取ってみたら?」と薦めたりしたというのを聞いて、先進的な企業ではかなり管理職者の感覚も進んでいるのだと思いました。

 とくに、管理職登壇者の1人で、ハンドブックにも体験記を寄せておられる石井さん(ケース9「17年間家族の朝食と娘のお弁当作り」)(ここ)は大人気でした。何が人気なのかよくわかりませんが、家事をしてこられた経緯や、自己紹介のスライドにお弁当の写真などがあったり、買い物のコツを披露なさったりするご発言のたびに、なんだか和やかな雰囲気に包まれました。お人柄もそのような方のように思いました。「時間意識」を厳しくもつ、とおっしゃっているのは、非常に共感しました。自分の時間も他の人の時間も同様に大切にすべきという思想の方がマネジメントをなさると、ダラダラ会議とかがなくなっていいと思います。

 会場は東京ウィメンズプラザという女性センターの約250名定員のホールでしたが、申込みはお断りをするほどの人気で、満席の盛況ぶりでした。こういう場所(=女性センター)で男女共同参画関連のイベントがあると、多くの場合、フロアは女性のほうが多いのですけども(それも、どちらかと言えば、あまり若い人はいない)、このシンポはざっと見た印象では、過半数が男性、それもスーツを着てきた方々が目立つ珍しい風景となっていました。推測ですが、会社の育児休業を担当するような部署の方が業務時間内に参加なさっていたのではないかと思われます。

 どのようなテーマでもそうなのですが、参加費無料とはいえ、基本的に自主的に参加する人は、こういう趣旨に親和的な方がほとんどです。本当は、あまり前向きに賛成しないような、とくに管理職の方などが聴いてくださるとよいのでしょうけども。まぁ、そういう方向けには、企業に出張していって研修などを開いてもらう方法があり、実際になさっているとは思うのですが。

 今日のような話は、あちこちで開いて、実際に取得可能性の高い男性たちの取得ハードルを下げるような効果があるとよいですね。

 来週9日は同じ会場で、今度は内閣府のWLBシンポがあります。今日聞いた話では、本日時点ですでに申込み多数で断られたそうです。まぁ、間違いなく参加するためには情報を入手した時点ですかさず申し込まないとダメですよね。そういうことで、期待も高いし、当日もきっと盛況でしょう。私は残念ながらこちらには行けないのですが、有意義な時間になることを祈ります。

【追記 2009.2.8】

 上記では、主にパネル・ディスカッション②についての簡単な感想を書きましたが、私にとって新鮮な部分だけを書いたので、前半部分も少し記録しておきます。

(基調講演)「なぜ、企業による男性社員の子育て支援が必要か」(20分ほど)
 佐藤博樹氏の講演は、以下のようなことでした。ここ10年ほどで人々の意識が変わり、男女とも仕事も生活も両立したい希望をもつ人が増えてきている。男性社員の子育て参加は多様であってよいが、育児休業取得をするのも1つのあり方で、男性社員の希望を実現する方策でもある。今後は男女ともに時間の制約のある社員が増えることを前提とした「ライフスタイル・フレンドリー」な職場がもとめられている。男性の育児休業取得者が増えない理由について、正確に把握することが大切。取得希望者が一定数存在するのにもかかわらず、男性をいまだに「例外的」存在と見なしていること(制度・意識)。それが女性と比較して男性の取得ハードルを高くしていることへの理解が必要。妻も後押しするのが望ましい。現状のように比較的短期の取得だと女性の場合よりも実は取得しやすい(仕事の調整がしやすい)。企業と管理職の意識改革も。正確な情報提供。育児休業のほかの多様な子育て参加モデルの提示が必要だ。

(パネル・ディスカッション①)「男性社員の子育て支援をどう進めるか」
 佐藤氏をコーディネーターに、男性社員の子育て支援を行っている2つの企業の取組みの報告、連合傘下の労働組合の取組みの報告、育児休業制度の所管官庁である厚生労働省の課長さんの報告。それぞれの報告後、佐藤氏の簡単な質問があり、さらに全体の終了後、全体への質疑などがありました。

 最初の報告は、(株)東芝での取組みで、昨年読売新聞に掲載された広報インタビューで社長が男性の育児を「当たり前になるように」との発言が紹介され、全社をあげて取り組んでいること、「参加」ではなく「参画」であると認識していることを強調されていました。とくに、興味深かったのは、男性の育児休職には、①配偶者のハードル、②親族のハードル、③世間体のハードル、④会社のハードルの計4つのハードルがあるというものでした。会社としては①~③は男性本人に自力で乗り越えてもらうしかないが、④については低くするよう取り組んでいるということで、具体的には、両立支援制度を充実させていること、対象を専業主婦の夫にも開放していること、メリハリのある働き方(WLB)の実現に取り組んでいることなど。それらを周知徹底するために広報活動にも力を入れているそうです(管理職が取得した事例を掲載したところ、大きな反響があった)。特徴的なのは、全国43ヶ所で役職者説明会を開催し、男性が育児に参画することの大切さを説いている点。しかし、制度を充実させても活用されなければ意味がないので、どのようにすれば会社として生産性を維持しつつ、あるいは、上がるようにしながら、WLBを実現していくかを課題として、全社員を対象とした働き方を見直しているところ。効率的な仕事のためには、チームワークと目標の明確化が必要で、「仕事が効率的に進められている」と思っている社員はこれら2つにも「そう思う」と回答しているそうです。

 次の報告は、日立TC(テクニカルコミュニケーションズ)。1989年に設立されたが、設立時の社員(30%)および管理職(0%)の女性比率が、実力本位で採用を繰り返すうちに現在は社員(52%)で女性が過半数、管理職も3分の1強(36%)になっているのだそうです。育児や介護などに関わる制度は法定どおりだが、制度がどんなにすばらしく整っていても実際には活用できないのでは意味がないと考え、法定どおりでも活用されるように推進することに力を入れている。結果として、制度利用率が高く、離職率は低い。男性の子育て支援策については、配偶者が専業主婦でも取得可能になっている。今後の課題は、なかなか取得しない男性の育児休職を高めていくこと。

  連合の産業別組合であるJEC連合では、男女共同参画社会の実現を目的に、そのインフラとしてWLB(両立支援)、その具体的目標の1つを「男性の育児参加」と位置づけている。連合主催の「井戸端会議」を開催し、女性たちの本音を聞きだしニーズの把握している。「働くママ」は会社で働いているとき、夫などは妻は家事・育児をしていないと思っており、家庭(地域)で働いているとき、会社の人(男性)は女性は(会社の)仕事をしていないと思っている。これを、韓国のアイドルグループ「東方神起」(とうほうしんき)に喩え、実際には、女性は家庭(地域)でも会社でも休みなく働いているのだと解説し、男性の働き方は「ぬるい!!」と結論されたところでフロアが沸いた。

 厚労省の課長さんの話は、日本社会がWLBを実現する必要があることを、主に育児休業の面から説明された。基本は配布資料のとおり。

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 やはり、このグラフの紹介はあり、配布資料にもありました(ここ2の右下)。ここでのタイトルは「夫の家事・育児時間が長いほど、第2子以降の出生割合が高い」となっていますが。

 厚労省課長さんの配布資料は、公の資料を考えられるので、全体を紹介してもいいと思います。ただ、1つのファイルにまとめることができないので、5つ分割になっていますが…。

ここ1 ここ2 ここ3 

ここ4 ここ5

2009年1月 3日 (土)

フィンランドが男女平等政策に成功した理由を考えてみた。

ジェンダー主流化と雇用戦略―ヨーロッパ諸国の事例

『ジェンダー主流化と雇用戦略―ヨーロッパ諸国の事例』(ユテ ベーニング (編集), 高木 郁朗 (編集), アンパロ・セラーノ パスキュアル (編集), 麻生 裕子 (編集), Ute Behning (原著), Amparo Serrano Pascual (原著) 、原著2001年、邦訳2003年刊)

 本書は、Gender Mainstreaming in the European Employment Strategyの邦訳です。サブタイトルに「ヨーロッパ諸国」とあるように、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、オランダ、ドイツ、オーストリア、ルクセンブルク、フランス、イギリス、スペイン、イタリア、イギリスの12ヶ国のケースについて書かれています。

 ここでは、全体ではなく、最近気になっているフィンランドについて書いておきましょう。

 なぜフィンランドが気になるかですけども、まぁ、昔から気になると言えば気になるし、最近では、いくつかの書籍を読んだところ、大変な不況を乗り切って現在の状態になったらしいとわかったからでしょうか。つまり、気になるポイントは、どのようにして、その不況を乗り切ったのかということであり、かつ、なぜ男女平等をかなりの程度実現しているか、という点にあるわけです。

 フィンランドの女性がとくに高い比率で有給労働に参加してきた理由としては、さまざまな要素のなかで、フィンランド文化と経済の要素があげられる。たとえば、フィンランドの歴史的に遅れ、かつ急速な工業化と農業型共働きモデルから産業社会型・脱産業社会型の労働モデルへの転換、あるいは男性の「パン稼ぎ」型モデルが実際にはフィンランドでは根をおろさなかったという事実などがそれである。他の重要な要素としては、女性が男性と同レベルの教育を受けてきたことである。今日では、フィンランドの労働生活に参加している女性は男性の同僚よりも高度な教育を受けている。(75頁)

 1997年に発表されている論文によれば、フィンランドの女性労働においては、「時間のプレッシャー」が増大しているとのことでした。「自分の仕事をこなすのに十分な時間があるか」とか「時間のプレッシャーのもとでしなければならない仕事が何時間ぐらいあるか」といった質問から考えると、仕事量が多いのに使える時間はあまりない、ということだったのでしょうか。まぁ、もう10年以上前になるので、現在の状況はどうだかよくわかりませんけども。この時点では、「労働生活の質」調査から得られるもっとも明確な変化として出現してきた特徴だったそうです。

 「巻き返しを防止する」との項では、2つの「巻き返し」について触れられています。文脈から、「巻き返し」とはおそらく、反動というか逆流みたいなことかと思います。1つは、職業技能をどのように定義し、評価するかということ。女性が高い教育を受けている現状でも、「教育の価値が低く評価されること」もあり、どのようにして、「女性の労働の質と量を測定するかをめぐって熾烈なたたかい」が必要だそうです。もう1つは、福祉国家が疑問視されていること。とくに、「保健・医療分野においては、要員の削減に悩み、従業員は疲労困憊するようになっている」事態は、効率を増進するようで、「結局は効率を低下させてしまう」のだと。フィンランドでも、ケア専門職は女性が多い職域のようですから、「十分な資源さえ確保されれば、女性の地位が改善されることは明らか」だと言っています。
 これら2点は、現在の日本の状況と非常に似ているのではないでしょうか。介護職・看護職が足りないこと、それは、労働条件や待遇の悪さが大きな要因となっていること。そして、「ケア」が極端な言い方をすれば、誰でもできることだと見なされているところ。女性に偏りがちなこと。それが待遇改善を遅らせてしまっていることなど。

 最終節「ジェンダー主流化」では、「背景」「ジェンダー主流化の方策」「男女間格差ととりくむ」「仕事と家族生活の両立」「仕事への復帰を容易にする」「ジェンダー主流化の影響の評価」について書かれています。

 「背景」で興味深いところを抜粋しておきます。

 フィンランドの福祉国家モデルは、女性にたいして職を提供し、両親が揃って仕事のために家庭の外に出ることを認めている。合理的な価格での保育、高齢者にたいする介護、それに学校給食制度はすべて、両親が仕事のために一日外出することができることを意味する。法律は、学齢に達しないすべての子どもにたいして社会が補助をおこない、合理的な価格で提供される保育所を保障している。3歳未満の場合には、オプションとして国が助成する家庭内保育もある。義務教育から後期中等教育期にあたる生徒・児童にたいしては学校での昼食が提供される。高齢者への介護は社会のバックアップのもとに組織され、仕事のために外へ出ることを可能としている。女性たちは仕事に熱情をもっており、勉学と職業資格の取得に励んできた。女性たちがこのようにできたのは、保育と高齢者の介護が何十年にもわたってしだいに改善されてきいたためである。(84頁)

 「ジェンダー主流化の方策」では、ジェンダー統計の重要性について書いてあるのですが、1998年に初めて生みだされたという「平等バロメーター」のことが気になります。あまり詳しく書いてはないのですが、おそらく、ジェンダー統計をきちんと取ることだけでなく、「男女間の平等指標を発展させ、教育、訓練と職業生活、稼得所得の男女間の内訳の説明、各種のサービス、社会参加、意思決定、健康状態、犯罪についての内訳の説明と利用可能性、年少の子どもと家族が働く女性に及ぼす影響、家族休暇の男性の利用の影響を示すようにしている。」

 「仕事と家族生活の両立」でも、以下の点が、日本の状況と似ているように思いました。

 法律は男女双方にたいして親休暇とケア休暇を取得する平等の機会を与えており、また育児の観点から短時間の労働をおこなう機会を認めている。実際には休暇の権利は主として母親によって利用されており、その結果、職場を離れる場合の給付の負担は大きな比率で女性が支配的な分野の経営者が負っており、その結果、労働市場における女性の地位を引き下げることにもなっている。(86頁)

 以下の一文は、おもしろいですね。日本の場合は、親族のアンペイドワークが得られる場合は女性は仕事をし続けられるが、得られない場合は、辞めざるを得ないような気がします。保育所に入れず、かつ、親族のアンペイドワークが得られなかったために、辞めることになった人はかなり多いのではないかという気がします。データを確認したわけではなく、印象ですけども。

 フィンランドの労働市場参加率は高く、大半の人びとはフルタイムで働いているから、親族のアンペイドワークでこの需要に答える潜在能力はほとんどない。(87頁)

 以上、なかなか興味深いものでした。最後の辺りで、ジェンダー統計の必要性や重要性が強調されているのですが、著者の肩書を見たら、フィンランド統計局労働研究部長でした。学術博士でもあるようです。こういう人がこういう職に就くことは重要ですね。でも、より重要なのは、こういう人をこういう職につけようと判断する人の判断なのでしょうけども。

 2008年12月22日付朝日新聞夕刊(ここ)でも、フィンランドの「底力」について、書かれています。

 歌田明弘の『地球村の事件簿』に「高福祉こそが経済競争力を生む――北欧社会の「逆転の発想」」(2008.8.22)(ここ)というのを見つけました。タイトルどおりの内容なのですが、ここで紹介されているレポートに大変興味を持ちました。「悪循環に陥っている日本を救う北欧モデル」(2008.8.29)(ここ)でも「北欧モデル」について触れられています。

 歌田さんがお書きになっているような失業のイメージを私も抱いていました。つまり、いったん失業してしまうと、それから脱するのは大変時間のかかることなのではないか、と。日本では実際に失業してから次の職に就くまでの時間が長いのですね。「北欧モデル」の国(フィンランド、スウェーデン、デンマーク)では、失業しても比較的容易に次の仕事を見つけられるようです。その辺りの事情の違いが、失業に対する恐れや忌避感の違いにつながっているのような気がします。

 「北欧モデル」について書かれた報告書は、『The Nordic ModelーEmbracing globalization and sharing risks』(フィンランド経済研究所のレポート『北欧モデル――グローバリズムを受け入れ、リスクを共有する』)と題されたものです。2007年12月4日付ヘルシンキが発行地で、PDFで全文公開(ここ)されています。英文ですが。

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The Nordic group is in our case limited to Finland,
Denmark and Sweden, as Norway and Iceland would deserve special treatment due to their non-membership of the EU and their high reliance on oil and fishing respectively.

 これがこのレポートが「北欧モデル」とする国についての説明です。結局、さして地下資源および水産資源に恵まれない国での方法論として、日本が学べるところが非常に大きいのではないか、と思います。

 そうは言いつつも、報告書は167頁もあるので、ちょっと全体をざっと見るのは私にはむずかしいのですが(日本語なら見れるけど)。

 何か感想でも書こうかと思いましたが、時間切れにて、こんな報告書があるよ、と紹介するだけに留めます。

 本日の結論としましては、「タイトルに対応するような答えは見つからず」ですね。悪しからずご了承ください。 

2008年12月 3日 (水)

鉄分が必要だ。海にも。そして、私にも。

 酸素がないと生きられませんが、からだに酸素を運ぶためには血液中に鉄分が必要です。赤血球中に鉄分がある一定量以上含まれないと、十分な酸素の供給がなされず、疲れやすいとかエネルギッシュさに欠けるとか、いろいろ問題が出ることが判明しています。理論的には、からだから鉄分が無くなると、生きてはいられないはずです。まぁ、その前にふつうには暮らせなくなっているはずなので、気が付くはずですが。

 そんなわけで、人体には鉄分が不可欠ですが、多くの人はそういうことは意識せずに暮らしておられます。鉄が足りない人(=私)ですら、そのことに気がつかずに生きていることも可能ですから(ダメじゃん)。

 いや、だから、最近は反省しつついるわけですけども、そういう私に鉄の重要性を十分に認識させてくれる本を読みました。畠山重篤さんの一連の書籍と、松永勝彦さんの著書です。

 畠山さんは、気仙沼で牡蠣養殖業を中心に営まれている漁師さんでありましたが、1989年より森林の環境整備を進める運動も推進し各地に広げてこられている方です。

 「森は海の恋人」がその活動の標語なのですが、その趣旨は、森の広葉樹が落とす葉が腐葉土となり、そこからフミン酸とフルボ酸が溶け出します。フミン酸は、粒子で存在する鉄を鉄イオンに変え、フルボ酸は鉄イオンと結びついてフルボ酸鉄という物質に変わるのだそうです。フルボ酸鉄は安定的な物質で、この形で雨水などに混ざって川を流れ、海まで届くのですが、そこで植物プランクトンに取り込まれて増殖するのに必要なリンや窒素を利用できるようになるのだそうです。つまり、先に鉄分が植物プランクトンの体内にとりこまれていなければ、いくらその環境に栄養素であるリンや窒素が豊富でも、使えないということになるわけです。

 植物プランクトンの細胞膜を鉄粒子や鉄イオンが酸素と結び付いた酸化鉄は通過することができず、体内に取り込めないため、いくら鉄分がそこらにあってもダメなのでした。したがって、フルボ酸鉄の状態で海まで流れ込むことが大変重要になってくるわけです。それがないと、植物プランクトンは栄養を取りこめず、死んでしまうことになります。

 海において、植物プランクトンが重要なのは、食物連鎖における出発点になるからだと言えます。つまり、植物プランクトンを動物プランクトンやその他の小さめの生き物が食べることで、次の大きめの生き物の餌となり、さらにより大きめの生き物の餌となり…となって、人間が漁によって捕獲するような魚や貝類などが生産されるのです。

 海に、植物プランクトンが利用できるような形で鉄分が供給され続けることが、海の生き物にとっても、漁師さんにとっても、そして、海産物をいただく私たちにとっても非常に重要なことがわかります。

 さらに、海にフルボ酸鉄を供給するためには、川の上流にある山にバクテリアによって分解されてフミン酸とフルボ酸を産生する広葉樹の葉が必要だということもわかります。針葉樹ではダメなのです。広葉樹の葉が鍵になっているようです。ということは、論理的帰結としては、海に流れ込む川の上流にある山に広葉樹があり、その広葉樹が秋になると葉っぱを落として、落とした葉っぱを分解するバクテリアがその辺に棲んでおられ、分解活動にまい進し、フミン酸とフルボ酸を作る。そこに、雨が降ってきて、その雨水にフルボ酸鉄が運ばれて川を介して海までつながっていく、という一連の流れが必要だということになりますね。

 そんなわけで、海の生産者が山に広葉樹を植えることが大切だと気がつき、実際に植林活動をはじめたのが1989年だそうです。丸20年になります。

 この辺りの経緯は、『森は海の恋人』に詳しいです。

森は海の恋人 (文春文庫)

  私はこの「海の環境のために、山に広葉樹を植える」という話は、以前に聞いたことがあって知っていました。20年もすでに歴史があるので、当然と言えばそうかもしれませんが。何巻かは忘れたのですが、食事や食材、食文化についてあれこれと知識を提供してくれるコミック『美味しんぼ』です。これも、いろいろな経緯からすでに25年くらいのつきあいがあります。もしかすると、この話のなかに、畠山さんも出ていらしたのかも。ちょっと覚えていませんが。

鉄が地球温暖化を防ぐ

『鉄が地球温暖化を防ぐ』(畠山重篤著、2008年6月刊)

 それで、私がより関心をもったのは、鉄が海の生き物にとって必要不可欠な元素であるということだけでなく、より広く環境全体にとっても大きな役割を果たしていることを知ったからです。

 本書は、同じく畠山さんの著書なのですけども、鉄の元素としての少し変わった特性から、生き物に与えている恩恵について詳しく書かれています。

 具体的には、上述したフルボ酸鉄のことなどです。これは、『森は海の恋人』にはそこまで詳しくは書かれていなかったと思います。さらには、タイトルにあるように地球温暖化に対しても、鉄が寄与するというのです。それは、温暖化の原因物質だとされる大気中にある二酸化炭素を植物に吸収させることで、大気中外へと固定させようという試みのようです。陸上の森林面積の減少も大気中の二酸化炭素増加の原因のひとつとされていますが、海域でも「森」を生成すれば海の中に二酸化炭素をとどめることができるのではないかと考えるようです。

 これは、4冊目に出てくる松永さんの理論で、「もし、北海道の面積の二〇~三〇パーセントの広さに相当する海域を利用し、コンプを繁茂させれば、日本で放出する二酸化炭素の五〇パーセント程度を固定できることになる」のだそうです。

 コンブにしろ、その他の海藻や植物プランクトンにしろ、海中の植物を繁茂させるためには、鉄が必要だということに違いはありません。海のなかに、いろいろな海藻の森ができていても、陸上に住んでいる人たちには邪魔になったりはしないはずですので、こういうことは積極的に進むよう、応援してもよいのではないでしょうか。コンブは食べることもできますし。

 本書には、この鉄を使った環境への取り組みがいくつか紹介されており、実際に効果をあげているようです。畠山さんの著書のなかでは、最新ですから、関心があれば、ぜひ読んでみてください。

牡蠣礼讃 (文春新書)

『牡蠣礼賛』(畠山重篤著、2006年11月刊)

 次に、本書は、タイトルのとおり、牡蠣を礼賛されているものです。一連の著作のなかでは(全部を読破したわけではないのですけども)、より牡蠣の生態や種類、味や牡蠣に関する食文化について書かれたものと言えます。信じられないほど行動力のおありの畠山さんは、牡蠣のことでアメリカに行き、フランスに行き、中国にも行きと本当に世界中を飛び回っておられます。これも、牡蠣を食べることが可能にしているのでしょうか。

漁師が山に木を植える理由 (Earth friends)

 『漁師が山に木を植える理由』(松永勝彦、畠山重篤著、1999年)

 こちらは、対談本です。ところどころ、そうでない部分もあるのですけど。松永勝彦さんは、森と海のつながりについて、研究者としての立場から研究し、函館に「どんぐりを植える会」を作り、畠山さんと同様の広葉樹を植える活動をなさってもいる方です。

 畠山さんの漁師としての直感から、山に広葉樹を植える必要を悟られたのに対し、松永さんはあくまで調査や理論的な研究から、そのことを提唱なさっています。

 対談本好きな私にとっては、読みやすくもあり、そういう点もお薦めなのですが、松永さんが社会に対する提言を大変明確におっしゃっていることやある種の自負をもっていらっしゃるところに感銘を受けました。

 陸上の砂漠化の問題は、もう20年以上言われているような気がしますが(専門的にはもっと長いのでしょうけど)、海の砂漠化の話はあまりポピュラーな環境問題として語られていないような気がします。サンゴの死滅とか白化現象などは見たことがありますけども。その理由が鉄だとか、上流の環境とのかかわりなどが、さほど認識されず、管轄が縦割りであることが問題だと指摘されているのですが、これは、このことに限ったことではなく、いろいろなところに見られることですね。

 久々に生物とか化学の科目のことを思い出しておもしろかったです。

2008年11月13日 (木)

The Global Gender Gap Report 2008

 世界経済フォーラムによる「男女格差指数」(gender gap index)が発表されました。ランキングの上位国や日本の順位などに関心があるのでしょうか、国内で配信されたニュースでは、これらの他に、前年との比較が載っていました。

 ですが、いろいろさまざまに、疑問が湧いてきます。まず、もっと順位全体が知りたい。どういう観点から評価されたのかを知りたい。ここ数年で変化の大きな国について、その要因を知りたい、などなど。

 ニュースの報道が、かなり情報として物足りなかったので、もともとの報告書を見てみました。そのタイトルがThe Global Gender Gap Report 2008です。ランキングは130カ国の比較になります。

 今年の結果(昨年)(一昨年)

98位.日本(91位)(80)

1位.ノルウェー(2位)(2)

2位.フィンランド(3位)(3)

3位.スウェーデン(1位)(1)

4位.アイスランド(4位)(4)

5位.ニュージーランド(5位)(7)

6.フィリピン(6位)(6)

7.デンマーク(8位)(8)

8.アイルランド(9位)(10)

9.オランダ(12位)(12)

10.ラトヴィア(13位)(19)

11.ドイツ(7位)(5)

12.スリランカ(15位)(13)

13.イギリス(11位)(9)

14.スイス(40位)(26)

15.フランス(51位)(70)

16.レソト(26位)(43)

17.スペイン(10位)(11)

18.モザンビーク(43位)(n/a データなし)

19.トリニダード・トバゴ(46位)(45)

20.モルドヴァ(21位)(17)

 上位5位まではほとんどジェンダーエンパワメント指数GEM(gender empowerment measure)と変わらないのではないかという印象です。

 ※GEM2008の結果については、Human Development Report(ここ)をどうぞ。日本は54位に下がりました。

 これでは、別の指数の情報としてのおもしろみが足りません。1~10位までを見てみても、過去3年間の動きはあまりないのですから。

 したがって、20位までを見てみました。このくらいまで見ると、おもしろいです。普段、いろいろなランキングにあまり登場しないような国が見られます。スリランカがこんなに上位だとは思いませんでした。レソト、モザンビーク、トリニダード・トバゴ、モルドヴァは名前は知っているけれど、地理的な位置や国としてのイメージなどが非常に薄い国です、私にとっては。

 どのような方法を使っているのか、ますます気になりました。

 評価ポイントは、global gender gap indexの下位にsubindex4つとそれぞれの変数、そして、それらのソース(情報源の調査名)が記されていました。

Economic Participation and Opportunity

Educational Attainment

Political Empowerment

Health and Survival

 これらの要素のひとつひとつを、国同士で比較すると、豊かな国のほうが優れているのは当たり前です。gender gap indexでは、あくまで「同一国内での男女の格差」を見ています。ですから、たとえば、医療設備に恵まれない国であるがために、男女ともに平均寿命が世界平均を下回っていたとしても、その国の男性の平均寿命と女性のそれを比較して「格差」がどの程度なのかを算出するということのようです。

 たとえば、日本とスリランカを比較して、具体的に見てみましょう。

 個別変数でもスリランカは1位になっているものがいくつもあります。初等教育・中等教育修了はともに1位。

 平均寿命ではスリランカは1位、日本は38位(14カ国が同点同順位)です。ただし、1位が36カ国もあるため、次点が37位で、3番目ということになります(変なの)。political empowermentの変数に過去50年のあいだに首相を務めた者の在任期間(年)をもとに、「女性首相の在任期間(年)/男性首相の在任期間(年)」というのがあり、スリランカは23/27で1位、日本は0/50で40位。論理的に考えて、40位が同値で最下位ですね。2位はアイルランドで18/33。総合ランキングで1位のノルウェーは10/40で9位、フィンランドは9/42で10位です。

【えふの見解】

 日本の順位が低いことと、世界経済フォーラムのランキングであることから、当初簡単に男女の賃金格差が大きいことや女性管理職割合が高まらないことなどを理由とした結果だろうと思いました。

 しかし、それらは含まれていましたが、subindexのうちの2つであり、残りは日本女性が世界に誇れる識字率の高さや、初等教育、中等教育をどのくらいの割合が受けているか、最終学歴などを変数とする教育達成度が1つ。もう1つは平均寿命と出生における性比を変数としています。Sex ratio at birthと聞くとちょっと驚きますが、胎児や出生直後の新生児が女児だとわかると生かさない国・地域があるからでしょう。

 実際、レポートのなかには、

The second subindex included in this subindex is the sex ratio at birth. This variable aims specifically to capture the phenomenon of "missing women" prevalent in many countries with strong son preference.

とあります。130位(最下位)はアルメニア。アゼルバイジャン129位、128位グルジア、インド127位、中国126位、アルバニア125位、122位韓国・マケドニア・シンガポールと続きます。

 「男児選好」は女性の地位が低く、結婚しなければ生きていくことができず、おまけに結婚するにも夫のもとに持参しなければならない金品が多くなければならないような国・地域で起きやすいとか。インドのある裕福な州では、経済発展をしたことによって、より男児選考が強まってしまい、胎児のうちに堕胎するか、産まれた直後にこっそりと「始末」してしまうことで、たしか15年間(だったかな)1人も女児が産まれていない地域があるとか。

 日本の場合、前者のsubindex がかなり低いにもかかわらず、後者がかなり高いために、相殺されているのではないかと思います。

 それでも、全130か国中98位というすばらしさ!感心しました。

 以下は、subindexの日本の順位です。

Economic Participation and Opportunity---102位

Educational Attainment------------------82位 

Political Empowerment------------------107位

Health and Survival---------------------38位

【出典】

 世界経済フォーラム World Economic Forum(ここ)がトップで、ここに「男女格差指数」のプレスリリースがあり、さらに、元の報告書を見たい場合は、以下です。

Cover_2008_small2

 Global Gender Gap Report 2008(ここ)←PDFファイルに直接飛びますが、ファイルデータが大きいため、PC使用環境によっては、一度に全部ダウンロードして表示することができずに、途中でブラウザがフリーズしてしまう場合があります。が、リロードするか、再度ブラウザを開くのを繰り返すと全体を表示できるようになりました、私は。

 このPDFファイルのうち、世界ランキングの表は8-9頁(サムネイルではない)に、Indexの構造説明と重みづけについては、5-6頁にあります。

 

2008年11月 4日 (火)

トビウオはすごいです、魚なのに。

 トビウオをよく食す地域に生まれ育ったことも大いに関係あるのでしょうが、トビウオが好きです。食べるのも、飛ぶのを見るのも。トビウオ経験のうち、9割以上は食べることなのですけども、一度実際に飛んでいるのを見たことがあります。あれは、すごいです。まだ、観たことのない方は、「生きているうちに一度はしておきたいリスト」にエントリーなさることをお薦めします。

 私が見たのは、隠岐の島に出かけた際に乗ったフェリーの上からでした。甲板に出て海面を眺めていると、トビウオたちが次々と飛んで逃げる様子が観察されました。もう10年以上も前のことになりましたが、あれは素敵でしたねぇ。トビウオは慌てふためいて逃げておられるのですけども。

 その後、しばらくは、私の中で(飛んでいる)トビウオ(を見たい)ブームがあり、水族館などでアシカやイルカのショーの他にも、トビウオが水槽から水槽へと飛び移るショーなどをしてはどうかという事業計画なども思い浮かべてはいたのですが、実現にうつせないままブームが終息しておりました。

 先日、2回にわたってNHKでトビウオのすごさを取り上げる番組がやっておりました。1つは、(ここ)にあるように、トビウオとそれを食す文化圏の人たちの暮らしを取り上げて紹介するもので、もう1つは日曜日の19時半より毎週やっているらしい「ダーウィンが来た!」(ここ)という生きものの生態を詳しく解説してくれる30分ほどのものです。

 トビウオは、他のアジアの国でも相当好かれている受難の魚で、あちこちで工夫を凝らした漁が行われているようです。ある国では、トビウオのことをすごい魚だと称えておられるとか。南国の人の感性に共感を覚えました。だいたい、魚なのに、飛んでみようと思ったことがすごい。自己概念に対する固定観念をやすやすとクリアされています。最初に飛んでみようと思ったトビウオの先祖が、もし、「魚なんだから、飛べるわけがない」と自分自身の可能性を否定するような考え方であれば、今日の繁栄はなかったと思います。決めつけない態度は、人間でなくとも、大切なのですね。

 トビウオの身は食べるけれども、卵は捨てていたらしい人々も、日本でトビコとして食すことがわかると、日本向けの輸出品として卵を採り乾燥させて商品に加工されるようになったのだそうです。トビコは軍艦巻などにして、寿司としてよく見かけるものですね。

 ダーウィンのほうは、人とのかかわりや文化圏的な要素よりも、もっとトビウオの生態や能力に焦点を当てた番組構成になっておりました。もさもさのおじ(い)さん(?)(名前がわかりません)がいつも解説してくれるようですけども、それがなかなかいい味を出しています。

 冒頭で屋久島は屋久杉が有名だが、トビウオについても名産でシンボルとしても島のあちこちにイラストなどが描かれていること、ここで水揚げされる魚の8割はトビウオだということが説明されます。数種類の海流の交差点である屋久島沖ではトビウオも暮らしやすいのでしょう。

 すごいのは、トビウオの飛ぶ能力です。平均でも50メートルくらい、高さは3メートルくらいも飛べるらしいのですが、番組取材中に世界記録になるのではないかと思われるくらい長時間長距離飛ぶトビウオの映像が紹介されていました。これは、映像を観る価値があると思います。また、飛んでいる途中でも尾で水面を蹴るような動作をして、さらなる推進力としていることなど、はじめて知ることもけっこうありました。以前から、トビウオの尾びれの二つに割れた上下のうち、なぜ下のほうが大きいのかが疑問だったのですが、もしかすると、飛んでいる最中に水面を蹴ったりする際に、下側だけを使うので、大きいのかもしれないと思いました。本当のところは、言及がありませんでしたけども。知りたいですねぇ。

 そもそも、なぜ飛ぶことにしたのかですが、肉食で天敵であるシイラから逃げるためだとか。シイラは、変な形の魚ですが、トビウオとこんなところで深いつながりがあったとは知りませんでした。

 古くからトビウオを捕まえている漁師さんたちは、トビウオの習性をよく研究して漁にも工夫をされていました。

 そんなこんなで、大変興味深く楽しく拝見しました。

 東京にはトビウオを刺身にして食す習慣がないように思うのですが、久々にトビウオの刺身とトビウオを使ったかまぼこ(あご野焼)などが食べたくなりました。生は流通の関係でむずかしくても、トビウオをイワシのように丸干しにして出汁をとるときに使うような干物もあるので、そんなのも久々に見たいです。干して縮んでも、あの長いヒレはたたまれた状態で見ることができます。

 おおっ!本日再放送があるようです。

BS2
11月4日(火)
午後3時00分~3時30分
「トビウオ大飛行!」

総合
11月4日(火)深夜【5日午前】
3時00分~3時30分
「トビウオ大飛行!」

2008年10月27日 (月)

図書館の地位を見れば、国民の教育レベルもわかる?その1

学力世界一を支えるフィンランドの図書館

『学力世界一を支えるフィンランドの図書館』(西川馨編著、2008年5月刊)

 本書はタイトルから想像されるとおり、近年学力世界一で注目を集めるフィンランドを、図書館の存在という角度から眺めて見えてくるものについて書かれたものである。日本で図書館業務に携わる人たちを中心とした図書館見学旅行の報告書といったところである。

 「第1章 見てきた図書館」では、実際に訪ねた15館ほどの図書館を写真・イラスト・平面図などを含めて詳細に紹介し、「第2章 フィンランドの図書館」では、現状を日本と比較したり歴史的な経緯を概観しつつ、読解力世界一を支える図書館としてフィンランドの家庭における読書生活が図書館とどのようにかかわりをもっているかが描かれている。「第3章 旅の印象」では、その名の通り、この見学旅行を通じて感じたことが書かれている。付録としてある「図書館法と図書館令」「Library Development Program 2006~2010」は翻訳してあり、なかなか他国の図書館の法令に触れる機会のない者にはありがたい構成になっている。

 図書館は建物としての外観や設計も機能の1つに位置づけられるため、外観の美しさや内側の書架や閲覧机の配置に加え、設計図も平面図だけでなく断面図を紹介しているところもある。

 写真や図が多いため、視覚的にも楽しめるのだが、圧巻は機能面に対しての記述だろう。IT立国を国策にしているだけあって、図書館のなかのIT化も進んでいる。モバイルPCでの通信環境が日本とは比べ物にならないのだ。具体的には、図書館内であればどこでも無線LANに接続できるようになっている。音楽に重点を置いた図書館では、聴くだけでなく、利用者が作曲したりそれをyou tubeなどでネット配信するまでのところまでサポートしてくれるという。

 日本の状況に慣れているものにとっては、いろいろさまざまに羨ましいのだが、こういう配慮は日本になくてよかったのかもと思うこともある。それは、フィンランドの図書館ではトイレを使用するためにも登録カードを使って入室するシステムになっている点や、そこの照明は青い光を出すものにしている点などである。青の照明の下では、静脈が見えないそうだ。どういうことかというと、トイレの個室や設備を使って静脈に注射するタイプのドラッグ(覚せい剤など)を打つ人がいるということなのだ。ヨーロッパの別の国では、注射回し打ちによる感染症防止のために、無料の注射針を配布している国もあると聞くが、フィンランドではこういう対策をしなければならないほど、ドラッグ汚染がポピュラーだということなのだろうか。

 日本との比較で特筆すべきと思うことの1つは、読む能力があまりない人へのサービスが行き届いていることだ。これは、フィン語のリテラシーのない移民者に対するフィン語習得支援だけでなく、まずは急務であるフィンランドで生きるための生活力をつけさせるために母国語によるサービスを広く展開していることである。中国語、英語、アラビア語、ロシア語、ヒンディー語、パシュトゥーン語、クルド語、ペルシャ語、ソマリア語、ボスニア語、クロアチア語、セルビア語などでのコンピュータ教室が図書館で提供されているとは!日本では、東京や横浜などの大都市でも外国人対応の公的機関による相談サービスなどで、せいぜい6ヶ国語対応であることを考えると、そもそもの人口規模などを考えても、驚嘆すべきことではないだろうか。こういうところに、フィンランドという国が国家としてどのように移民に接しているかに強い本気度を感じ、日本の状況を反省してしまう。

 読む能力については、母国語が違う人という意味だけではなく、失読症の人への対応も含まれる。図書資料をコンピュータのソフトを使って、ゆっくりと読むことができるサービスが提供されているという。

 日本でも、読む能力のない、あるいは低い人へのサービスの重要性については、図書館業界の人にはいくらか認識されているものの、実態としては、大活字本や点字本、朗読CDがあるのがせいぜいではないだろうか。それも、レパートリーは悲しいほど少ない。勝間和代さんがよさを強調されて以来、日本でも「オーディオブック」のラインナップが少しずつ増え始めているが、これは、視覚をもつ人が聴覚も活用しようということだけでなく、同時に視覚をもたない(弱い)方にとっても有用な変化なのではないかと思う。

その2につづく)

2008年10月15日 (水)

子どもの最貧困。ブログ・アクション2008に賛同した行動の1つに位置づけています。

子どもの最貧国・日本 (光文社新書 367)

『子どもの最貧国・日本 学力・心身・社会におよぶ諸影響』(山野良一、2008年9月20日)

児童虐待のポリティクス―「こころ」の問題から「社会」の問題へ

『児童虐待のポリティクス―「こころ」の問題から「社会」の問題へ』(上野加代子編著、2006年2月刊)

 『児童虐待のー』のなかに、山野良一さんの文章を見つけたときから、注目していた。児童福祉司をなさっている立場から、子どもの虐待がどのように見えるのか、大変興味深いものだった。この時点で、『子どものー』につながる問題意識はすでにお持ちだったと拝察する。

 『児童虐待のー』を読んで名前を記憶していたため、新書である本書(『子どものー』、以下、本書とはこれを指す)を見つけたときには、迷いなく購入してしまった。山野さんはアメリカでソーシャルワークについても学んでおられ、かつ、アメリカの子ども虐待事情にも通じておられる。よって、日米を比較することも可能なようだ。

 現在、日本が世界的に見ても、子どもの最貧困を指摘しなければならない国になっているとは衝撃だった。

 ユニセフレポートでは、「子ども貧困リーグ」という図を掲げてOECD26カ国の子どもの貧困率を国際比較している。本書が紹介しているのは99-01年時のデータが多いのだが、この時点でも日本はかなり高い国に位置している。26カ国のうち10位だ。著者は、その後非正規雇用が増えていることを勘案すると、現在はもっと順位が上がっている(貧困率が高くなっている)のではないかと懸念している。

 従来は、子どもの学力と親の持つ諸条件とのかかわりは、所得よりは親の学歴などが大きく関与しているとされてきたという。しかし、本書が紹介する各種調査からは、世帯の所得が最も大きく影響するのではないかと疑わざるを得ない結果が出ているという。以下に、その箇所を抜粋しておく。

 この研究は、少なくとも、小学校入学前後の幼少の子どもたちにとって、親の学歴よりも、家族の所得の方がより重要な意味を持つことを示すものです。
 みなさんは、このことをどう思われるでしょうか。
 私自身のことを言うと、こうした研究を概観する前は、所得そのものがそれほどに強い影響力を持っているとは思っていませんでした。親の学歴や職業で、所得の影響力はほとんど説明されてしまうのではないかと考えていたのです。
 子どもの発達を研究するアメリカの学者たちも、こうした研究が出てくるまでは、親の学歴や職業の方が人的資本として影響が大きいのではないかと考えていたようです。実際、カウアイ島の研究では、所得ではなく父親の職業を社会経済的な指標として使っていました。しかし、最近では所得そのものがかなり影響力を持っていることがコンセンサスを得られているようです。
 また、先の章でも触れたように、所得そのものをきちんと把握して研究することは、こうした研究を実際の政策などに生かす場合に意味があることなのです。親の学歴ではなく現在の所得の方が大きな意味があるとすれば、どうやって親の所得を増やしたらよいかが問われることになるからです。(141-142頁)

 貧困が学力の低下を招き、それが子どもの所得の低さにつながり、次世代への貧困へと続くとしたら…?

 もっとも先にすべきことは、まず、貧困に関する公式統計を再開することではないかと思う。大人に関しても、子どもに関しても、貧困について国が実態を把握するための調査がなされていないということをもっと問題にすべきだろう。

 日本では、子どもの貧困をめぐる問題は、長い間まったく語られなくなっています。厚生労働省も、65年以降、貧困に関わる公的な測定そのもの(子どもの貧困に関わるものを含めて)をやめており、現代に至っても子どもたちの貧困問題を真剣に受け止めようとはしていません。

 これは、厚生労働省の責任だけではないでしょう。私たち自身の「目」や「声」の問題でもあると思います。繰り返しになりますが、この本はそうした子どもたちの貧困問題に対する「目」や「声」を研ぎ澄ますために書かれたものです。そうした「目」や「声」を研ぎ澄ますために、貧困が子どもたちや家族にどのような影響を与えているか考えてみたいと思います。(38-39頁)

 10月15日はブログ・アクション・デイだという。今年のテーマは「貧困」。若者と女性の非正規雇用・低賃金、ワーキング・プアも重大な問題だが、同時に、日本の子どもが諸外国との比較においても、「最貧困」に位置づけられるという指摘は衝撃的であるとともに早急に手を打たなければならないのではないだろうか。子どもが子どものうちに、すぐにでも、貧困から脱するための対策がもとめられている。

【補完情報】

 読売新聞2008年10月7日付記事(ここ)(ここ)に、子どもの貧困を取り上げ、「3つの提案」として、政府は実態の解明を早急に、賃金アップなどで所得保障を、福祉と教育の連携で支援を強化としている。

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